生まれたての五現目(b)


すこし落ち着いてから辺りを観察してみると、まず、空が明るいことに飛鳥は気がついた。
グラウンドのほうからは、生徒たちの声が聞こえている。

「私が窓から落ちたのは、夕がただった。……少なくとも、日付が変わるくらいには時間が経過しているようだな」

それから軽く地面を蹴るような動作をすると、飛鳥のからだはふわりと浮いた。

こうして浮いていると、まるで抵抗のない水のなかにいるようだった。
飛鳥はふわふわと、声が聞こえてきたグラウンドへと移動する。

グラウンドでは、生徒たちが体育の授業を受けていた。
飛鳥の目のまえを何人もの生徒が走っていくが、だれもこちらに気づくようすがない。

「……だれにも、私のすがたが見えないのか……」

飛鳥はだんだん、悲しくなってきた。

中学生になってからというもの、飛鳥は同級生に無視されることが何度かあった。
しかし、無視されるのと存在をまったく気づかれないのとでは、似ているようでだいぶちがうようだ、と飛鳥は思った。

時計を見てみると、時刻は十四時だった。
この時間は、まだ五現目が始まったばかりだ。

「……私、もしかして成仏に失敗したのかな。 このままだと、どうなってしまうんだろう……、ほかに幽霊仲間でも、見つかればいいのだが」
「呼んだっ!?」

その声は、とつぜん聞こえた。
そして声と同時に、飛鳥はぽーん、とだれかに背中を『たたかれた』。

「……!? だ、だれだ!?」

飛鳥がおどろいてふり返ると、そこには小さな少女がいた。

まだ小学校低学年くらいの外見で、肩までの髪に、一箇所だけ編みこまれた三つ編み。
服装は鮮やかな赤の着物で、すそにはふしぎな黒の文様(もんよう)が入っている。

少女の足は、地面についていない。
飛鳥と同じように、ふわふわと宙に浮いていた。

飛鳥はぽかんと少女のことを見つめたが、そのあと、おそるおそる口を開いた。

「あ、は、花子さん? ……トイレの」
「ちがうよ!」

少女はぷくーっ、と頬をふくらませて怒った。
てっきり都市伝説でよく聞く『トイレの花子さん』かとも思ったが、 たしかに花子さんは着物ではなく、つりスカートをはいていたような気もする。……第一、ここはトイレでもないし。

気を取り直して、飛鳥はたずねた。

「……では、おまえの名前は?」

すると少女はかわいらしく、にっこりと笑った。

「あたしは、マリアっ! オバケだよー」