つづく五現目、六現目(c)


「あ、赤月君!」

飛鳥が声をかけるが、誠は無言ですたすたと廊下を歩いて行ってしまう。

もちろん、その行き先は保健室ではない。
誠は校舎を抜け出すと、用心深く周囲を確認しながら、部室棟へと向かった。

部室棟は、おもに放課後に生徒たちが使う、部活動用の建物だ。
月見坂学園の部室棟はもともと作りが古く、見た目もなんだかたよりない。
まだ放課後になっていないこの時間は人もいないので、いつも以上にさびしく見えた。

飛鳥は部活動に所属していなかったため、この部室棟に入るのはこれがはじめてだった。
誠のうしろをふわふわとついていきながら、興味津々で辺りを観察していると、

「入って」

誠はある部屋の前で、はじめて飛鳥に声をかけた。

誠がとびらを開いたのは、部室棟の二階の一番奥の部屋だった。
部屋の入り口にあるプレートの上には、『ミステリ同好会』と書かれたボロボロの紙が、セロハンテープで貼ってある。

「し、失礼する」

飛鳥は一礼すると、その部屋に足を踏み入れた。
部屋の広さは八畳ほどで、そこまで広くはない。

部屋の片面にはスチールでできた棚が置かれていて、そこにはびっしりと物がつまっている。
しかし、どれもきちんと整頓されていた。

誠は、長机の前に置かれたパイプ椅子をひとつ、うしろに引いた。

「越智さん、座れる?」
「た、たぶん……」

油断するとそのまま椅子を通り抜けてしまいそうだったが、飛鳥はなんとか、椅子に座っているような格好をよそおうことができた。
机をはさんで向かい側の椅子に誠も腰をかけると、誠はようやくほほえみを見せた。

「この部室は、僕の隠れ場所なんだ。 学校から出てしまえば、四六時中、お目付役が僕のそばを離れなくなるから。妹の舞……初等部にいるんだけれど、 彼女とふたり、よくここで放課後の時間をつぶしているんだ」
「そ、そうなのか」

飛鳥はどぎまぎと答える。

……『あの』赤月誠とふたりきりという、このシチュエーション。

飛鳥は、もうすでに失われているはずの自分の体温と脈拍数が上がったような気がした。
そんな飛鳥に向かって、誠はわずかに首をかたむけて、たずねた。

「越智、飛鳥さんだよね。B組の」
「……んっ? あ、ああ、私のことを知っているのか?」
「うん、まあ……」

誠は、どこか言いづらそうに、言葉をにごらせた。

「えっと、越智さん。きみ、自分の状況はだいたいわかる? その、言いにくいんだけれどきみは……」
「ああ、わかっている。私は教室の窓から落ちて、死んだんだろう」
「……うん」

あっさり答える飛鳥に、誠は気の毒そうに言った。

「今日から、二日前に。……人って、亡くなったらほんとうに幽霊になるんだね」
「そうか、あれから二日も経っていたのか」

飛鳥が言った。

「私も今日、意識がもどったばかりだから、あまりくわしいことはわからないんだが……、 先輩幽霊に教えてもらった情報によると、どうやら私には未練があるらしい。 そしてそれが原因で、うまく成仏できずにこのような幽霊になってしまったそうだ」
「未練……」

誠にじっと見つめられ、飛鳥はあわてた。

「しっ、しかしだな! 困ったことに思い当たる節がないんだ……!  だからいまは未練を探しているところなんだ、なんだか本末転倒な話だが」
「それで……、未練を探している最中に、どうして僕の手をにぎったの?」

飛鳥はそのとき、自分が死んでいてよかった、とはじめて思った。
だって生きていたらいま、

確実に死んでた。