保健室をあとにした誠が昇降口に向かっていると、数学教師の狐塚が職員室にもどっていくのを見た。
誠が職員室のなかをのぞきこむと、なかには狐塚と、もうひとりの女子生徒が立っていた。
「……先生、私、けっこう待っていたんですけれど」
あからさまにふきげんそうにそう言ったのは、B組の鹿波もこなだった。
スカートの丈(たけ)は短く、いつも派手なアクセサリーを身に着けており、学年のなかでも目立つ女子生徒だった。
「ああ、わるかった。ちょっと確認しておく用事が残っていてな」
狐塚はぼりぼりと頭をかいてから、自分は椅子に深く腰をかけた。
「そんで、鹿波。おまえは越智が死んだ原因について、なにか知っているのか?」
「……越智さんは自殺した、……ってうわさが流れていますけれど、あれはうそです。越智さんは、自殺なんかしていません」
はき捨てるように、もこなは言った。
狐塚はあごを引き、もこなをにらんで言った。
「根拠は?」
それに対し、仏頂面でもこなが答える。
「……ありません」
「根拠もないのに、自殺じゃあないとどうして言い切れるんだ?」
狐塚は背もたれによりかかった。椅子がぎい、ときしむ音がする。
「……おまえももう知っているだろうが、生徒の一部からはおまえが越智をいじめていた、という話が出ている。
もしそれがほんとうなら、おまえが越智の自殺を否定する理由が、なおさらわからない。……鹿波、なにか知っているんじゃあないか?」
狐塚の言葉に、もこなは目をそらしてだまりこんだ。
狐塚もしばらくもこなをにらんでいたが、やがてふう、と長く息をはいた。
「わーった、今日はもういい。
ただ、もっと俺のことを信用してもいいと思ったときには、ほんとうのことを話してくれ。俺はいつでも、待っているから」
もこなはそれには答えず、くるりと向きを変えて職員室から出ていこうとしている。
誠があわてて近くの柱のうら側にかくれると、すぐにとびらががらがらと開く音がした。
(……彼女が越智さんをいじめていた、張本人なのか……?)
廊下からもこなの足音が消えると、すこしおくれて狐塚も職員室から出てきた。
誠は狐塚に見つからないように、こっそりと遠回りをして学校をあとにした。