「狐塚先生と知り合いだったのか、マリア?」
飛鳥がたずねると、マリアは当然のようにうなずいた。
「だってあたしのさがし『者』は、このみのりちゃんだったんだもん!」
マリアはにっこり笑うと、狐塚のまわりを飛び回った。
「みのりちゃん、おひさしぶりー! こんなに大きくなったんだねー!」
「俺の名前は実(みのる)だっつってんだろ、このボケェ……!」
楽しそうなマリアとふきげんそうな狐塚に、青空がとまどいながらたずねた。
「あの、ふたりの関係って……?」
マリアは狐塚のまわりを飛び回るのをやめると、青空の前にちょこんと浮かんだ。
「みのりちゃんは小さいころに、事故にあってねー。
まちがえてカラダごと幽界に来ちゃって、そのときにこっちに帰すお手伝いをしたのが、あたし!」
「その話をすんなよ、生徒の前だぞ……!」
狐塚が頭を抱えてうずくまる。
どうやら狐塚にとっては知られたくなかった過去らしい。
誠が納得いったようにうなずいた。
「じゃあ、神隠しにあったのって、狐塚先生のほうだったのか」
「……ちっ、小雨(こさめ)のやつ、赤月に余計なことを言いやがって……」
小雨とは、兎沢のしたの名前だ。
……となると、兎沢もある程度の幽霊事情は知っていたと見える。
おとなたちはおとなたちで、複雑な事情を抱えているようだった。
狐塚は立ち上がると、マリアを指さした。
「んで、マリア。おまえはいったい、なにをしにこっちにもどってきたんだ? まさかとは思うが……」
狐塚は一瞬、するどい視線でマリアをにらんだ。
「越智のことがおまえのせいだったら、ぜったいに許さん」
しかし、マリアはというと残念そうに首を横にふった。
「あたしがこっちに来たときは、もう飛鳥お姉ちゃんはこのすがただったの。
まだ魂が明界に留まっているのは、単純に飛鳥お姉ちゃんの意思だよ」
「あの……ひとつ、質問いいか?」
飛鳥がおずおずと手をあげた。
「マリアは、幽界とこっちの世界を行き来できるのか?」
「もちろん! だってあたしは、幽界の王さまの娘だから!」
さらりと言われたその言葉に、誠はまいった、と言わんばかりに両手をあげた。
「……いろいろと起こりすぎて、脳の処理が追いつきません。これ、ゆめですか?」
「ゆめじゃないよー。でもまあ、そういうことだからー。
ほんとうは、みのりちゃんの顔を見たらすぐに帰ろうと思っていたんだけれど、いまは飛鳥お姉ちゃんのことも心配だし。
飛鳥お姉ちゃんが無事、未練を晴らすことができたら、あたしが責任を持って魂を連れていくよ」
マリアが自分の胸をぽんと叩くと、狐塚が急に真顔になった。
「たのむよ。俺の大事な生徒なんだ」
飛鳥はその言葉に、なんとなくじんわりと胸が熱くなるのを感じた。
それから飛鳥は、狐塚に頭をさげた。
「不出来な生徒でごめんなさい、先生。……私、ちゃんと成仏できるかな」
ふつうの人なら無意識にでもできる『成仏』がうまくできずに、こんなに多くの人を巻きこんでしまった。
これ以上、だれにも心配や迷惑をかけたくない。
「できるんじゃなくてするんだよ。それにおまえ、俺の目には……」
狐塚は飛鳥の頭の辺りをなでるように、手を動かした。
「……あとはおまえが気づくだけのように、見えるけれどな」