その日の夜。
僕はなにかの物音を聞いて、目を覚ました。
刃物屋の奥には座敷の部屋があり、僕はそこに寝泊まりして生活をしている。
クゼさんはというと、夜に眠る必要はないようで、昼間と同じように、店の一角に置いてある椅子に座って本を読んでいるのが常だった。
僕はそっと、襖を開けた。
気のせいかとも思ったけれど、かすかな雨音のなかに、
カッ、カッ……
……という奇妙な音が、たしかにまぎれこんでいる。
それは、太い木の枝を切り落とすときのような音だった。
僕は、クゼさんに声をかけた。
「……クゼさん、あの音、聞こえていますか?」
「ええ、聞こえています。店のそとですね。……もっと言うなら、服屋の方角です」
クゼさんは本を閉じていた。その視線は、店のそとへと向いている。
カッ、カッ……
しかし、その奇妙な音はまもなく聞こえなくなり、あとには雨がふる音だけが残った。
すこしの沈黙のあと、僕はごくりとつばを飲みこんだ。
「……すごく、いやな予感がするんですが」
僕はおそるおそる窓ぎわに近づき、竹すだれを上げる。
灯りが少ないうえに、この雨だ。窓の向こうでなにが起こっていたのか、ここからではよく見えない。
……しかし、いくら見えないとはいえ。
僕は目を細めながら、ぼそりとつぶやいた。
「……あれ、鉈をふりおろす音、でしたよね?」