へんな探偵(a)


ルルルルル。

家の電話が鳴る音で、私……九石珠(さざらし・たま)は ベッドから飛び起きた。
大急ぎで階段を駆けおり、リビングに顔をのぞかせる。

リビングでは、ちょうど私の母・真珠(まじゅ)が、電話の受話器を置くところだった。

「お母さん! だれからの電話だった!?」

私の大声に、お母さんはおどろいてこちらを見た。

「学校の連絡網よ。今日は登校時間を十時に遅らせるんですって」

期待はずれの答えに、私はひどく落胆した。

「じゃあ……、ニュースは?」
「昨日から変わりないわ。……『さとちゃん』も、たいへんなことに巻きこまれちゃったわねえ。……まさか殺人事件の容疑者にされちゃうなんて」

お母さんがおっとりと首をかしげるのをよそに、私の気持ちは、錘(おもり)をつけたみたいに、ずしりと沈んでいく。

……私の友だちであり、クラスメイトでもあるさとちゃん……夢追さといが、昨日、行方不明になった。
そしてその事実が発覚した同じくらいの時刻に、さとちゃんの事務所の社長である大峠源の死体が、事務所の社長室で発見された。

通報したのはさとちゃんらしいけれど、当の本人がすがたを消してしまったのだ。くわしい話はまだわからずじまいだ。
ただ、ワイドショーではおもしろおかしく、いかにもさとちゃんが犯人であるかのように報道されていた。

「ここまで騒がれちゃうと、いくら無実でも帰って来づらいわよねえ。芸能活動を続けるのも、むずかしいかも」

お母さんがため息をつきながら言った。

さとちゃんはもともと、子役出身だ。
デビュー作のドラマでの演技が注目され、中学生になったのを機に、アイドルとしてもデビューした。
背の低い私とちがって、すらりと足も長くて、女の私から見てもかっこいい。

さとちゃんは、小学五年生のときに私の通う小学校へ転校してきた。
そのころのさとちゃんはすでに有名人で、最初のころは近寄りがたい雰囲気だった。
けれど、私とさとちゃんはスポーツが得意で(もっとも、さとちゃんはどんなことでもだいたい得意だ)、そのことがきっかけで、私たちはすぐに親しくなった。

アイドルデビューしてからは、さとちゃんはさらに忙しくなった。
さとちゃんから聞く芸能界のようすは、はなやかだったり、ちょっとこわかったり、いつ聞いても新鮮だった。
逆に私がさとちゃんがいないあいだに学校で起こったことを報告すると、さとちゃんはうれしそうに話を聞いてくれた。

さとちゃんと過ごした毎日をなつかしんでいたとき、私はふと思い出した。
ある日の学校の帰り道、池袋の街なかで、私とさとちゃんが奇妙な男の人を見かけたときのことだ。

その人はスーツを着ていて、背が高くてスタイルもいいのに、猫耳のついた帽子をかぶっていた。
ちぐはぐなそのすがたは、人ごみのなかでもあきらかに目立っていた。

さとちゃんが興味深そうに彼に視線をそそいだ。

「ハロウィン用の撮影でもしているのかな? すごくかっこいい人だったけれど……」
「あ、さとちゃん、あの人、ビルに入っていくよ!」

私たちは、その人が古びたビルのなかに入っていくのを目撃した。
いくつかのテナントが入っている雑居ビルで、それぞれ看板が連なっている。
そのなかでも私たちの目を一番引いたのは、「深神探偵事務所」という文字だった。

私たちは顔を見合わせた。

「……いまの人が、探偵?」
「ええ、まさか!」

あのときはそれっきりで、気にも留めていなかったけれど。

……私は一筋の希望の光を見た気がした。
探偵なら、この事件を解決してくれるかもしれない!