とびらが開いたとたん、香ばしいコーヒーのにおいがただよってきた。
「……探偵事務所に、なにか用かね?」
へんな人は、わずかにとまどったように私にたずねた。
私はあわててお辞儀をした。
「わ、私、九石珠っていいます! 『さざらし』って、なんだかアザラシみたいなので、『たま』、でだいじょうぶです!」
言い慣れた自己紹介をしたら、事務所の奥のほうで、ガタガタン、という派手な物音が聞こえた。
その音を聞いたへんな人は、なにかをごまかすかのように咳払(せきばら)いをした。
「ああ、この事務所には住みこみの助手たちが何人かいるものでね。とりあえず立ち話もなんだし、なかで話そうか。
……自己紹介が遅れてしまったが、私がこの探偵事務所の所長で、探偵の深神(みかみ)だ」
へんな人……深神先生はそう言って私を室内に招き入れると、とびらの鍵を閉めて、さっとカーテンをもとにもどした。
室内は広めのワンフロアで、左手に置かれたテーブルには、食べかけの朝食が並べられていた。
テーブルのうえの皿やカップの数を見るかぎり、どうやら食事は四人ぶんだ。
奥には間仕切りがあって、どうやらその先の部屋に助手さんたちがいるらしかった。
「……すみません、朝食の途中におじゃましちゃったんですね」
「気にしなくていい。申しわけないが、見たとおり向こうは片付いていないので、ここで話を聞かせてくれ」
そう言って、深神先生は私を椅子に座らせて、深神先生自身も私に向かい合うように座った。
「はい。あの……、いまニュースになっている、夢追さといちゃんの事件ってご存知ですか?」
深神先生はゆっくり瞬くと、うなずいた。
「ああ、もちろんだとも。どこを見ても、あの事件はトップニュースだ」
「さとちゃんは、私の友達なんです。それで、あの事件の犯人がさとちゃんだって、どうしても思えなくって……」
私はぎゅっと、ひざのうえでにぎりこぶしを作った。
「あの事件の真犯人を見つけてほしいんです! さとちゃんが安心して帰ってこられるように……!」
「わかった、引き受けよう」
気が抜けるほどあっさりと言われ、私ははじめ、なにかのじょうだんかと思った。
目をぱちくりさせながら、私はたずねた。
「え? ……え、どういうことですか? あの、そんなに簡単に引き受けてくださっていいんですか?」
「ああ」
それから深神先生は足を組み直した。
「実はあの事件については、そもそもきみとは別件で調査することになっていたのだ。
依頼料のことも気にしなくていい。ただ、夢追さとい君の友人が捜査に協力してくれるなら、私としてはだいぶ動きやすくなる」
それから深神先生は、
「もちろん、きみ……『たまちゃん』に危険がおよばない、安全な範囲でな」
と、なぜかすこし大きな声で言った。
私は背すじをぴんと伸ばして、深神先生をまっすぐと見た。
「私にできることがあれば、なんでも協力します! どうかよろしくお願いします」
「いい返事だ。きみ、携帯電話は持っているか?」
「いえ……」
深神先生は立ち上がり、部屋にあったチェストの引き出しを開けた。
そして、そこからすこし古い型の携帯電話を取り出した。
「事務所の予備の携帯電話だ。なにかあったら、連絡してくれ。新しい電話番号は勝手に追加してくれて構わない」
深神先生はそう言いながら、スーツの内側から名刺を取り出した。
「ひとまず、今日はきちんと学校に行きなさい。放課後、またこの事務所に来るように」