悪意の刃(d)
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帰りの電車のなか、私は深神先生にたずねた。

「そういえば昨日、殺人事件の犯人の手がかりが、防犯カメラにあるって言っていましたけれど……、あれ、どういう意味だったんですか?」
「単純な話だ」

深神先生は言った。

「犯人は用心のために、事件前後の時間のデータを“消してしまった”。
しかし、あの事務所ビルには、ほかの場所にも多くの防犯カメラが設置されている。
つまり、データが消された時間にほかの防犯カメラの映像にも“映っていない”人物が犯人というわけだ」

私は、その言葉を理解するのに時間がかかってしまった。

「カメラに映っていない人が犯人、なんて……、そんなこと、考えもしなかった……」
「ビルに入り、出た時間のデータを消していても、同じことだ。あのビルには基本、IDカードをかざさなければ入れない。
あやしい人物の目撃証言が出てこないということは、犯人は関係者で、ふだんどおりふるまっていたということだ。IDカードの出入りの記録は残っているはずだ」

そこまで言って、深神先生ははじめて、神妙な顔を見せた。

「そして、消されたデータとほかのカメラの映像、そしてIDカードの記録などを照らし合わせてみたところ、
やはり犯行が行われたであろう時刻の前後に、”夢追さとい”のすがたがどこにも映っていなかった」

私はおどろいて、深神先生を見た。

「そ、そんな……! それじゃ、犯人は……」
「……”夢追さとい”、とするマスメディアの見解を、いまは否定することができない。
しかし、夢追さといが防犯カメラに映っていない、もうひとつの可能性があるのだ」

電車の走る速度がゆるやかになって、やがて止まった。
駅のホームのアナウンスが流れたあと、深神先生が口を開いた。

「それは、データを消された時間のあいだに“夢追さといが社長室で犯人に出くわしている”、という可能性だ」

私は手で口をおさえた。

犯人がまだ社長室にいるところにさとちゃんが居合わせていたとしたら。
たしかに犯人が室内にいた時間のデータといっしょに、さとちゃんのデータも消えることになる。

「そ、それじゃ、さとちゃんはどうなっちゃったの……!?」
「さすがに人ひとりを、あの場所からだれにも怪しまれずに移動させるのは難しい。
そもそも、さとい君が事務所ビルをひとりで出ていくようすを何人かが目撃しているし、
時刻を照らし合わせても、さとい君が通報したのは事務所ビルを出た“後”だ」

私の頭は混乱した。

「それなら、どうしてさとちゃんは犯人の名前を警察に言わなかったんですか!? さとちゃんは……犯人をかばっているの?」
「いいや。あの時点では、さとい君が“犯人ではない”という確たる証拠がないということを、さとい君も理解していたのだ。
犯人と言葉も交わしただろう。いずれ無実が明かされるとしても、現時点でさとい君が取り調べを受けることになれば……
へたをすれば、もう二度とメディアに出ることはかなわなくなる。さとい君には、確実に真犯人が捕まるまで、出てこられない事情があるのだ」

その言い回しに、私はどこか違和感を覚えた。
深神先生に視線を向けると、深神先生は私のことを試しているような表情で、こちらを見ていた。

「……もしかして深神先生、さとちゃんのこと、なにか知っているんですか?」

私がそう言うと、深神先生はやさしくほほ笑んだ。

「たまちゃん。……あとすこしの辛抱だ。この先なにがあったとしても、“私”を信じてくれ」



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