ココアの味(b)


私はそのあと、紙のうらに書かれていた番号に電話をかけた。
事情を説明すると、影平さんはすぐに車で迎えに来てくれた。

「昨日の件といい、まさかこんな立て続けに事件が起こるとは思わなかったけれど……、今度は俺たちが狙われているかもしれないのか」

運転をしながら、影平さんは言った。

「敵が多い業界とはいえ、意味がわからないよ。犯人はさといちゃんの過激なファンだったりするのかな」
「でも、社長が殺されたプロダクションのビルも、きのうの楽屋も、関係者以外は入れませんよね?」

私が言うと、影平さんはうーんとうなった。

「基本的にはね。でも、みんながみんな知っている顔ってわけじゃないし、業者の人、出前を配達する人、清掃する人……、そういう“いかにも”っていう服装をして堂々と紛れこんでいる人がいたら、まずわからないと思うな」

それから影平さんは、コンビニエンスストアの看板を見つけて言った。

「あ、ちょっとコンビニに寄っていいかな。すぐもどるからさ、たまちゃんは車のなかで待ってて」

影平さんは言葉どおり、すぐにもどってきた。

「きのうから徹夜でさ。コーヒーで眠気を覚まそうと思って。これ、俺からのおごり」

そう言って、影平さんは温かいココアのカップを私に手渡してきた。

「たまちゃんにもコーヒーにしようかと思ったけれど、たまちゃんはまだ中学生だもんね。ココアは飲める?」
「はい、ココアはすきです」

私はカップを受け取って、ちびちびとココアに口をつけた。
影平さんは、自分のコーヒーを飲みながら、ほう、と息を吐いた。

「さといちゃん、早く見つかるといいなあ……」

影平さんがひとりごとのようにつぶやくのを、私はどこか遠いところで聞いていた。