プロローグ


言葉にすることで、きらわれるかもしれない。
きもちが伝わることで、だれかがぼくに失望するかもしれない。

……そんなことを考えていると、ぼくはいつも、なにも話せなくなった。

ぼくには、自分のきもちを言葉にするまでに、人よりも多くの時間が必要だった。
そしてそんなぼくの言葉を、最後までしんぼう強く待っていてくれる人は、いままでにひとりもいなかった。

だから、彼……白河(しらかわ)カオルは、すこしへんな子だ、と思う。

とあるマンションの一室。
ぼくがひとり暮らしをしている部屋に、今日も白河くんが遊びにきていた。

白河くんは、先週発売されたばかりのゲームの攻略本を、熱心に読みふけっているところだ。
ぼくはそんな白河くんをじっと観察したり、白河くんが貸してくれた本を読んだりして、その時間を過ごしていた。

コトン。

ふいに、小さな物音がした。
どうやら郵便受けに、なにかが入れられたらしい。

白河くんは、その物音に気づかなかったようだ。
ぼくは無言で立ち上がると、郵便受けを見に行った。

このマンションは、どの部屋にも玄関のとびらに郵便受けが備えつけられている。
防犯のため、そとに表札を出している住人は少ない。ぼくの部屋も例にもれず、味気ない番号が振ってあるだけだ。
そのせいで、おとなりさんへの郵便物が、まちがいでこちらの郵便受けに入っていることが何回かあった。

ぼくは内側の郵便受けのふたを開けて、なかに手を入れた。すると、厚紙のようなものに手が触れた。

……取り出してみると、それは一枚の絵葉書だった。

印刷されているのは、異国風の建物だ。
ただ、それがどの国に存在している建造物かは、ぼくにはちょっと、わからなかった。

「おい、牧志(まきし)。なにを見ているんだ?」

いつの間にか、白河くんがぼくのうしろから絵葉書をのぞきこんでいた。
返事をするかわりに絵葉書をうら返すと、そこにはこんな文章が書かれていた。


『米坂邸に隠された、サバトの絵画をいただきにまいる!』……


……やけに芝居(しばい)がかった文面だった。
黒に近い青色のインクで、走り書きしたような文字。差出人の名前はなかった。

ぼくは、その文をしばらくながめたあと、ぼそりとつぶやいた。

「……これ、たぶん泥棒(どろぼう)からの、犯行予告……」