米坂邸(i)


ふり返ると、そこには見知らぬ男の人……おそらくこの屋敷の当主、米坂さんが立っていた。
米坂さんは、一歩下がって立っていた使用人さんに向かって、どなりつけた。

「ヨハン! いったい、おまえはいままでなにをしていたんだ!」
「え? わたくしは、坊ちゃまがお呼びになった時計屋さまをおむかえして……、 はて、この子どもたちについては、わたくしも存じあげませんが」
「『存じあげませんが』、じゃあないだろう!  この屋敷のセキュリティはどうなっているんだ!? ……あと、人前で坊ちゃまって言うな!」

ふたりのやりとりを前にしながら、ぼくは急に不安になった。
このままでは、『秘密』を知ってしまったぼくたちの身も、あぶないかもしれない。

でも。

……目を閉じて、ひと呼吸。
この先の応答と展開を、すべて予測する。

……だいじょうぶ。
ぼくたちの安全は、この状況と白河くんの存在で、すでに保証されている。

ぼくはただ、『謎』を解く入り口を、指し示すだけでいい。

ぼくはゆっくりと、目を開いた。

時間にすればほんの数秒だったのだろう、目のまえでは、いまだに米坂さんが使用人さんを怒っていた。

「第一、私は時計屋なんて呼んだ覚えはないぞ!」
「……時計屋さんを呼んだのは、くるみさんだよね?」

ぼくは言った。

「使用人さんへの電話は、おそらく音声変換器かなにかを使って、米坂さんになりすましてかけたんだ。 そこまで回りくどいことをしなければいけなかったのは、くるみさんが、米坂さんのほんとうの娘じゃあなかったから。 正体をいつわって、ぼくたちといっしょにサバトの絵画を探す……、つまり今回の『怪盗』は、くるみさんだったんだ」
「あら、私はまだなにも盗んでいないのに」

そう言ったくるみさんは、おもしろそうに笑っている。
気にせず、ぼくは続けた。

「そして、ぼくたちはこの部屋を見つけてしまった。 ここにあるものは、どれも盗品ばかりだ。……どうやら米坂さんも、かなりの大物だったようですね」

米坂さんは、いぶかしげに眉をひそめた。

「……私のことはさておき、だ。きみ、女の子ひとりに責任を負わせるなんて、感心しないな。 それならきみたちふたりは、いったいなんだと……、……あ」

そのとき米坂さんは、白河くんの正体に気がついたようだった。
米坂さんはがくり、と床にひざをつきながら、青ざめた顔で言った。

「し、白河家の坊ちゃん……!」
「米坂さん、もうわかったよなぁ? オレたちにはこの絵画を探す真っ当な理由があったんだよ。 だってこの絵画は、オレの家から盗まれたものなんだからな」

白河くんが、絵画の前で手を広げてみせた。
並んでみると、その絵画に描かれている女性と、白河くんがよく似ているということがわかる。

まるで芸術品が完成したみたいだ、と思いながらも、ぼくは言った。

「その絵画は、指輪のところに、Shirakawa Kaho(しらかわ かほ)と書いてありました」
「これはまちがいなく、オレの母親の肖像画だ」

ぼくの言葉を、白河くんが引きついだ。