7月6日(日) 20時過ぎ(c)


深神さんの格好は、いつもどおりだった。
つまり、スーツに奇妙な帽子、という組み合わせ。

細身で背が高く、整った顔立ちをしているのに、 妙なデザインの帽子をかぶることで、それらのステータスをすべて台なしにしている。
今日の帽子はなんだろう、妖怪がモチーフだろうか。さながら変質者のいでたちだった。

「あーっ、あおちゃんだ! 今日は事務所に泊まっていくの!?」

そして深神さんのとなりで声をあげたのは、僕の同級生の宮下緋色だった。

彼女は僕の高校からの同級生で、現在は僕と同じ、虹ノ端大学の音楽科に身を置いている。
少し長めの明るい色の髪をハーフアップにしているが、服装は極めて男っぽい。

彼女は諸事情があって、高校時代を男子生徒として過ごしてきた。
そのため、大学に進学してからも彼女のふるまいはどことなくさわやかな男子学生のようで、実際に彼女のことを女顔の男だと思いこんでいる人間が大半だった。

緋色もハルカと同じ、深神さんの助手だ。
そしてハルカと緋色、深神さんの三人は、探偵事務所でいっしょに暮らしている。

彼らは見たところ血もつながっていないようだし、親戚でもないようだ。
そんな三人がなぜ、ひとつ屋根の下で暮らすようになったのかはわからないけれど、彼らはまるでほんとうの家族のように、仲がよかった。

ハルカが左手の人差し指で、緋色の額をとん、とつついた。

「おいおい、おまえらは明日学校だろ? ヤバげなビルから男女が出てきたら、変なうわさが立つぞ」
「『ヤバげ』とはなにごとだハルカ、私の事務所が入っている高尚な雑居ビルだというのに」
「あ、でもたしかに地震がきたら、一発で倒れそうな感じだよね!」
「緋色、そーゆーヤバさじゃなくてだな……」

やいのやいの、と三人がもめ始めた。
僕は肩をすくめて、言った。

「僕はおとなしくマンションに帰るよ。明日は一限から講義があるし」
「そっかー……ざんねん」

緋色ががっくりと肩を落とした。しかし、すぐに笑みを作る。

「じゃあ、また明日、学校で会おうね?」

緋色の言葉に僕もうなずく。

「うん。おやすみ、みんな」
「おやすみ、西森少年」
「おやすみ、蒼太!」
「あおちゃん、おやすみー!」

背中ににぎやかな声を聞きながら、僕はその場を離れた。



大都会の池袋といえど、大きな本屋を曲がって、せまい住宅街を少しばかり歩いていけば、たちまち静けさに包まれていく。 僕はしばらく歩いてから、ふ、と短く息をはいた。

……言いようのないさびしさが、押しよせてくる。

はやく明日になればいい。
夜は苦手だ。

なぜなら、いつも夜になると、だれかに見張られているような気がしてしまうからだ。
そんなことはあるはずがないと、僕は自分に言い聞かせる。

しかし、不安は消えない。
だれもいないはずなのに、ずっとだれかにつけられているような、

……そんな気配が。


「……え?」


僕は、一瞬、するどい殺気のようなものを感じた。そしてそのあと、空気を切るような音を聞いた。
その正体がなんなのか確認するひまもなく、

……僕の視界は揺らぎ、すべてを飲みこむ闇の胃袋のなかへと落ちていったのだった。