7月7日(月) 正午近く(a)
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微弱な音がどこからか、もれ聞こえている。
どうやらそれは、道の真んなかに落ちている音楽プレイヤからのようだった。

その音楽プレイヤを拾い上げた僕は、本体にささりっぱなしのイヤホンに、そっと耳を近づけてみた。

そこから聞こえてきたのはイタリア歌曲だった。
暗く、重苦しい曲調。普通ならこんな曲を、プレイヤにわざわざ入れたりはしないだろう。

しかし、ここからすぐ近くにある大学には音楽科があり、僕もそこの生徒だ。
選曲から考えて、このプレイヤの持ち主も僕と同じ音楽科の生徒なのかもしれない。

それにしても、と僕は考える。
なぜ機械を通して音楽を聞くと、より無機質に、無感情に、乾いて聞こえるのだろう。

それは人間の耳には聞こえない周波数のノイズをカットしているせいだ、と聞いたことはある。
しかし、聞こえていないものが失われただけなら、なんの変化も生まれないはずだ。

僕はプレイヤの停止ボタンを押した。
とたん、いままで流れていたイタリア歌曲は、余韻などはみじんも残さずに、すっ、と世界から消えていった。

まるで、いままで何も聞こえていなかったかのように。
その音楽が、はじめからこの世に存在していなかったかのように。

……七月七日、月曜日。時間はもうすぐ正午となる。

世界はおそろしいほどに静かだ。
鳥のさえずりは聞こえないし、動くものはなにも見えない。

僕が先ほどから立ちつくしているこの場所は、東京の池袋駅東口前のスクランブル交差点。


もちろん人は、だれもいない。



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