僕たちはだれもいないコンビニからすこしだけ食べものを失敬して、僕の部屋へと持ちこんだ。
そして部屋に置かれた小さな白いテーブルに、それらの食べものを並べた。
僕は並べた食べもののなかから、包装されたパンを手に取った。
「このメロンパンはこのあいだ、リニューアルしたばかりなんだ。食べるのは、はじめてだけれど」
そう言いながら僕は袋を開けると、なかから取り出したメロンパンを半分に割って、みずきに渡した。
受け取ったみずきは、その感触におどろいたようすだった。
「わあ、ふわふわですね」
「バターの量を増やしたらしいよ」
そして早速メロンパンを口にふくんだみずきは、
「……おいしくてカロリーが高いなんて、女の子の敵です……」
むむむ、とうなりながらも、その半分のメロンパンをゆっくりと平らげた。
このメロンパンが、僕たちのこの日はじめての食事だった。
しかし、疲れ過ぎていたのかかえって食欲がわかず、僕もみずきもこれ以上、なにかを口にすることはできなかった。
短い食事の時間を終えて、僕はノートパソコンを立ち上げた。
ネット回線はつながっていたけれど、ニュースサイトの記事もすべて過去のもので、リアルタイムに動いているものはなかった。
「全部……止まっていますね」
横からのぞきこんでいたみずきがそう言い、僕はうなずく。
「海外のサイトもふくめて、今日の日付になってから更新されているものがなにもない。
……ネットでの情報収集も、期待薄みたいだ」
それから会話が途切れて、つかの間の沈黙がおとずれた。
すると、みずきがとつぜん、顔を覆って泣き始めた。
「……ごめんなさい。なんだか私、混乱しているみたい。急に泣いたりして、へんですよね」
小さな肩が震えている。
僕はみずきの背中をそっとなでた。
「へんじゃないさ。見ただろ? みずきとはじめて会ったときの僕のほうが、取り乱していたよ」
「取り乱さないほうが、おかしい状況ですから。……それに私は、蒼太さんを見つけることができて、とてもうれしかったんです」
みずきはそう言って涙をふき、ほほえんだ。
それからふと、部屋のすみに目をやった。
「……蒼太さんは、楽器をおやりになるんですか?」
みずきの視線の先には、壁に立てかけてあったチェロケースがあった。
本当は知られたくなかったのだけれど、僕はしかたがなく、うなずいた。
「まぁ、一応は専攻しているからね」
「あの楽器は……チェロですよね? 私、蒼太さんの演奏を聞いてみたいです……!」
「あはは、勘弁してくれよ」
僕は頭をかきながら、みずきから目をそらした。
「僕の演奏なんて聞いても、おもしろいものじゃあないよ」
僕はそう言いながら、ハルカのことを思い出していた。
優秀なハルカとはちがい、僕はむなしいくらいに、自分が平凡な人間だということを知っている。
人まえで演奏して、がっかりされるのはいやだった。
「……そんなことより、シャワーでも浴びてきたらどうかな」
なにも考えずにそう言ったあと、はっとして両手をふった。
「あ、いや、へんな意味じゃあないよ。ただ女の子だし、ほら、寝るにしても汗とかかいたままじゃあ、いやかなと思って……
いやいや、寝るっていうのはこの場合はほんと純粋な意味で」
しどろもどろな僕。
ほんとうに他意はなかったのに、余計あやしくなってしまった。
なんとなくあとに引けなくなった僕は、早口で続けた。
「僕の洋服を貸してあげるよ。すこし大きいかもしれないけれど、着られないこともないだろ。
えーとタオル、そうだ、タオルは何枚いるかな、ええと……」
ぎくしゃくしながらキャビネットからタオルを二枚と一番小さいシャツ、
それからゴムひものジャージの半ズボンを取り出して、一方的にみずきに差し出した。
ああ、きらわれたらどうしよう?
無性に不安になった僕だったが、
「ありがとうございます、お言葉にあまえちゃいます」
みずきはほほえみながら、衣服とタオルを受け取ってくれた。
それからみずきは浴室の扉の向こうへと消えて、しばらくしてからシャワーの音がかすかに聞こえてきた。
その音を聞きながら僕はほっと息をはいて、ベッドの上に横になる。
長い一日だった。
もしもこのだれもいない世界が夢だったとしても、ここで眠ったら夢を見るのだろうか?
シャワー音がかすれていく。僕の意識は深くしずんでいった。