僕はいそいで、一階まで階段を駆けおりた。
マンションのエントランスを走り抜けようとしたところで、仏頂面の管理人のすがたが目に入る。
僕は彼に軽く頭を下げて、マンションを出た。
「あ、おはよう、あおちゃん! 今日はずいぶん、したくがはやいね?」
緋色はすでに、玄関前にむかえに来ていた。
彼女の笑顔を見ながら、疑惑は確信に変わった。
世界が、『三日まえ』に巻きもどっている。
(でも……今日が七日ならまだしも、五日が明日で、六日が明後日? ……そんなばかな)
ハルカとコンサートへ行く日が明後日のできごとだなんて、どう考えてもおかしい。
緋色に目をやると、なぜかすこしばかり、息があがっていた。
「……緋色、ずいぶん疲れてないか?」
「ここまで走ってきたんだよ! あおちゃんが先に行っちゃわないように、って思って。
それでね、こんなにいそいであおちゃんをおむかえに来た理由は、なんだと思う?」
楽しそうに緋色が問いかけてくる。
僕は、かつて過ごした七月四日のことを思い返してみた。
「……これから学校を休んで、深神さんのところへ遊びに行くんじゃあないか?
深神さんがケーキを買いすぎて、午後まで待っていたら全部食べきってしまうから、すこしでもはやい時間に数を減らしておきたい、……とか」
僕がずばり言い当てたことに、緋色はおどろいたようだった。
「え、ええ? どうしてわかったの?」
緋色はとまどいを隠せないようすだ。
そんな緋色を見ながら、これは夢なのかもしれない、と僕は思った。
世界がまだ、ごく普通だったころの。
他人がとなりをすれちがうことが当たり前だったころの夢を、
だれもいない世界で、僕は見ているのだ。