7月4日(金) 8時00分(c)


緋色は今日も、男物の服を着ている。
そもそもなぜ、彼女は高校時代を男子生徒として過ごすことになったのか、僕はその理由を知らない。

僕には彼女について知らないことが、まだたくさんあるのだと思う。
そして僕が知らない彼女のことを、……深神さんやハルカは知っている。

「……あおちゃん、どうしたの? ぼーっとしてるけれど……もしかして、具合わるい?」
「ううん、いつもとどこも変わっていない。元気だよ」

僕は笑って見せた。たぶんうまく笑えたと思う。

そう。……僕はずっと、緋色のことが好きだった。
それはもちろん、深神さんやハルカへの好きとは別の意味で、だ。

「うーん。元気ならいいんだけれど……、でも当てられたのはくやしいから、目的地変更っ!  どこか違うところに遊びに行こうよ!」

緋色が元気よく、片手をぐーにして空にかかげた。
おや、と僕は思う。その提案は、かつての金曜日にはなかった。

「うん、いいよ。……でも、深神さんのことはいいのか?」
「うん! もう今日は、深神さんのごほうびデーってことで、おなかいっぱいケーキを食べてもらおう!  せっかく学校を休むんだもん、どうせならふだん行けないところ……、そうだ、遊園地に行こうよ、遊園地!」
「……それはまた、極端だな」
「ほら、地下鉄で何駅か行ったところにあるでしょ? あそこに行きたい!」
「わかった。そうと決まれば善は急げだ。はやく行こう」
「あっ!? ちょっと待ってよ、あおちゃん! そんなにいそがなくても、遊園地は逃げないよ!」

緋色が駆け足で追いかけてくる気配を背中で感じながら、僕は足早に駅へと向かった。

このまま、なかったことにしたかった。
できることならあの七月七日を、忘れてしまいたかった。

今日という日が終わって、明日は七月五日で、六日が来て、七日が来る。
それはもちろん、緋色たちのいる七月七日。

緋色がとなりにいる、いまこの瞬間がまぼろしだなんて、僕は考えたくもなかった。