カップがちょうど空になったころ、深神さんが部屋から出てきた。
そして僕の正面にふたたび座ると、あっさりと首をふった。
「西森少年。……残念だが、『村崎みずき』はその高校に存在していないようだぞ」
一度だけ、つばを飲みこんだ。
そしてひと呼吸置いてから、質問する。
「過去にいたということも……ないですか?」
「ないな。開校から今まで在籍していた者のなかにも、その親類にも、『村崎みずき』の名前は該当しなかった」
ということは。
……もしかすると今日は三日まえなんかではなくて、僕が三日ぶんの夢を先に見てしまっていたのかもしれない。
それなら、すべてがつながる。
夢だったんだ。
すべてが、夢だったんだ……
「ところで西森少年」
考えにふけっているあいだ、知らずに僕は深神さんの顔に焦点を合わせてしまっていたらしい。
その深神さんが突然口を開いたので、思わずびくりとしてしまった。
深神さんは背もたれに寄りかかり、両手の指を組んで同じく組んだ足のひざの上に置く。
「どうしてその人物のことを調べようと思った?」
僕は目を泳がせた。
こうして冷静になってみると、とたんに恥ずかしさでいっぱいになってしまった。
空になったままのコーヒーカップを指先でいじりながら、僕は正直に言った。
「すごく恥ずかしいことなんですけれど、夢を見たんです、僕。……内容は、ばかばかしいくらいのファンタジーで」
でも、夢とは思えないくらい鮮明で。
悲しくなるくらい、さびしい世界で。
「……その夢のなかで、彼女に出会ったんです」
「だから興味を持った、と。その夢の内容はどんなものだったのだ?」
赤面する。深神さんとこんな話をすることになるとは思っていなかった。
しかし話し出してしまった以上、止めるわけにもいかない。
「その世界には、だれもいませんでした。深神さんも、……緋色もハルカもいなかった。
いるのは僕とみずきのふたりきりで、でもその情景は忘れられないほどに鮮明で、生々しいものでした。
空の色も、だれもいない池袋の静けさも。…そして日付は、七月七日だった」
「七日というと、今日から三日後か」
「はい。夢のなかで一日を過ごして、起きたら今日、七月四日でした。いや、ほんとうは一日ではなく、三日ぶんの夢を見ていたみたいだけれど」
深神は首をかしげた。
「というと?」
「僕……、今日の七月四日を、すでに過ごした気でいたんです。今日だけじゃなくて明日も、明後日も」
深神さんはふむ、とうなずいた。
「私は深層心理にはくわしくないから上手くは言えないが、夢を覚えている時の眠りは浅いらしい」
そう言いながら深神さんが立ち上がった。僕は自然と、彼に見下ろされるかたちになる。
「君は疲れているのだ、西森少年。そしてそんな時こそ、あまいものを摂取するべきだ。
緋色とハルカが帰ってくるまえに、残りのケーキをこっそりと食べてしまおう」
深神さんがわくわくと言った。
「さあ、西森少年は皿とフォークを用意してくれ」