「うわっ!?」
心臓がはねた。
『電話が鳴っている』。
それはつまり、このだれもいない世界で、僕に電話をかけてきた相手がいるということ。
こわごわ携帯電話をポケットから取り出すと、ディスプレイには発信者の番号と名前が表示されていた。
そこに表示されていた名前は、
……宮下緋色。
僕は通話ボタンを押すと、携帯電話に耳を押し当てて息を殺した。
『……あおちゃん?』
ノイズの混じったくぐもった声。
しかし、それはまちがいなく宮下緋色の声だった。
「緋色! 緋色もこの世界に来ているのか!?」
『うん。あおちゃん、いま、だれかといっしょにいるの?』
緋色の声は、思いのほか冷静だった。
「ああ、そうなんだ。いまは近くにいないけれど、村崎みずきっていう女の子で」
『あおちゃん。よく聞いて。まず、私がいま電話をかけたことを、その子にはぜったい教えないで。
……あおちゃんがひとりになれるときがあったら、また電話して』
緋色は事務的にそこまで言うと、電話を一方的に切ってしまった。
ツー、とむなしい電子音がスピーカーから聞こえた直後に、ちょうどみずきが遠くの廊下からこちらに歩いてくるのが見えた。
「お待たせしました。……どうかしたんですか? なにか、声が聞こえましたけれど」
「いや……」
僕は迷った。
本来ならば、この世界にまだ人がいるという事実を、みずきに伝えなければならなかった。
しかし事情もわからないままに、緋色の頼みを捨て置くこともできない。
結局僕は、みずきにうそをつくことにした。
「……電話、だれかにつながらないかと思ってさ。ちょっと試してみたんだけれど、やっぱりだめだった」
「そうですか……」
みずきがさびしげにそうつぶやくようすを見て、たちまちいたたまれなくなる。
僕はわざと身ぶりを大きくして言った。
「よし、はやく洋服を選んでしまおう。どうせだれもいないんだし、普段着ないような服でも着てみたらどうかな? 個人的にはメイド服なんかがおすすめ」
「ふふっ、そうですね。蒼太さんがそう言うなら、着てみようかなぁ」
僕のどうしようもない冗談にも、みずきはむじゃきに笑ってくれるのだった。