扉を引いて、僕はそっとなかへと入る。
玄関を入ってすぐ左側にはキッチンがあり、コンロには見慣れた赤のヤカンが置いてある。
コンロの火はついていないけれど、ほのかにコーヒーのにおいがする。
……だれか、いる。
物音を立てないようにそろそろと、キッチンの前を通り過ぎる。
そして奥の部屋に続く扉を開くと、
「……西森少年か」
そこには、堂々と僕の部屋でくつろいでいる深神さんがいた。
……彼がここにいることを、予想していなかったわけではない。それでも、心臓はばくばくと早鐘を打つ。
深神さんは事務所のソファに座るのと同じようにして、長い足を組んで僕のベッドの上に座っていた。
手には優雅にコーヒーカップ。もちろんそのコーヒーカップは、僕のものだ。
テーブルにはコーヒーの入ったコーヒーポットが置いてある。
深神さんと目が合い、僕は情けなくもあっさりとおじけづいた。
一歩も動くことができない。
「私がもどるまで事務所を離れないように、……と言づてを頼んだはずだったが?」
「……ハルカから、聞きました。ただ僕は、僕の部屋に帰ってきただけです」
部屋のなかに、深神さんがいるという威圧感。
僕はドアのまえに立ったまま、こぶしをにぎった。
僕がこの場の空気に対してできる抵抗は、そのくらいのわずかな力のみだった。
「どうして深神さんがここにいるんですか。緋色を探しているんじゃなかったんですか?」
「探しているぞ。いまはすこし、休憩しているだけだ」
「僕の部屋で休憩する必要はないでしょう?」
深神さんは笑った。しかし目は笑っていない。
「西森少年、今日はやけに、私につっかかるな。なにかあったか?」
「あったもなにも!」
反射的に、声を荒げた。しかしぐっとこらえて、すぐに声を低くする努力をした。
「……みずきのこと、どうしてうそをついたんですか」
「ついていないぞ」
「ハルカが調べてくれましたよ」
深神さんは鼻から小さく息を吐いて、そのあと僕をにらんだ。
「まいったな」
言葉とは正反対に、深神さんは僕から目を離さない。
僕はそんな彼から、目をそらせない。
深神さんは僕をにらんだままゆっくりと立ち上がった。
そして着ていたスーツの内側、左胸に右手を滑りこませた。
僕がなにも言えないあいだに引き抜かれた彼の手には、鈍く光る小型の銃器。
「なっ……!?」
「動くな!」
後退しようとする僕に対し、深神さんは素早くこちらにその銃器を向けた。
銃口が僕を捕らえたか捕らえないかというその瞬間、僕は後頭部に強烈な痛みを感じたのだった。