7月7日(--) 59時22分(d)


「はは……は」

笑ったのは僕だ。
僕以外の人間が僕だったとしても、たぶん同じように笑っただろう。

頭が痛い。
すべてを放棄して、眠ってしまいたい。
冗談じゃない。

「……冗談じゃない」

僕は言った。

「冗談じゃないよ」

緋色が言った。

彼女の顔はあきらかにやつれていた。
いつも結わいている髪はそのままだったけれど、すこし乱れている。

「……その包丁でなにをする気だ?」
「あおちゃんを刺すつもり」

緋色が即答する。
僕はごくりとのどを鳴らしてから、質問を続けた。

「三日……、世界を三日まえにもどしたのは、緋色だったのか?」
「そうみたい。お祈りしたら、叶っちゃった」

緋色は笑った。いつもの元気は、かけらもなかったけれど。

「どうして……」
「もどりたかったの、あおちゃんのいる世界に。やり直したかったの」

緋色が顔をゆがめた。
ぼろり、とその目から、大つぶの涙がこぼれ落ちる。

「……緋色のほうが僕よりも先に、この世界に来ていたのか?」
「ちがうよ。もっとも私にとっては、『向こうの世界』とこの世界は、よく似ていたけれど」

緋色はふう、と息を吐いて天井を見た。
たぶん、涙を止める努力をしているのだろう。

緋色が僕から目を離したすきに、僕はなにか自分の身を守れるものはないかと、事務所内にすばやく視線をめぐらせた。
しかしなにか見つけるよりはやく、緋色はまたこちらに顔を向け、笑った。

「あおちゃんがいない世界なんて、だれもいないのとおんなじだよ」

なにを言っているのだろう。

だれもいない世界とおんなじ?
だれもいない世界とおんなじの、

「僕のいない世界……?」
「そう。あおちゃんはほんとうは、」

緋色がなにかを言いかけたそのとき。

聞こえてきたのは、ばたばた、と階段を駆けのぼる足音だった。
そして事務所に飛びこんできたのは、ゴルフクラブを手に持った村崎みずきだった。