ニワトリ(b)
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そのとき、ギイ、と音楽室のとびらが開かれる音がした。
僕とミカミが同時にふり返ると、ひとりの女子生徒がとびらのうしろに隠れながら、こわごわと顔をこちらへのぞかせていた。

「あ、えと、やっぱりここにいた……」

無理やり笑ったような顔で、彼女は言った。

女子生徒はメガネをかけていて、髪をふたつに結んでいる。
もちろん、着ているものは月見坂学園高等部の、夏服の白いセーラー服だ。
彼女は僕のクラスメイトのひとり、高等部一年の日高結子(ひだか ゆいこ)だった。

日高さんは僕が知る限り、ひかえめな性格の女子だ。
そして彼女もミカミと同じく、この春に外部からこの高等部に入学してきた生徒だった。

「どうしたの、日高さん」

僕が日高さんに近づき声をかけると、日高さんはもじもじと目をそらしながら、言った。

「あ、あの、あのね。……姫……じゃなかった、ミカミくんに、頼みたいことがあって。
ミカミくん、まえにクラスの子が"もの"をなくしたときに、すぐにそれを見つけたことがあったでしょ?」

彼女がミカミを苗字で呼ぼうとして、名前で呼びなおしたのには、わけがある。
……ミカミは苗字で呼ばれることをいやがるのだ。なんでも、"姫"という文字が入っているのが気に入らないらしい。

日高さんはちらり、とようすをうかがうように、椅子に座ったままのミカミを見た。

「……そ、それでね、私も、ちょっと探してもらいたくて……」
「わるいが、断る」

日高さんの話が終わらないうちに、ミカミがきっぱりとそう言った。
僕はあわてて、ミカミにたずねた。

「ど、どうして?」

この二ヶ月で行われた数々の小テストも、先月末に行われた一学期の中間テストも、すべて満点。
先生から出題される問題も、ミカミに答えられないものは、いままでにひとつもなし。

そんなミカミの神がかった頭のよさは、いまではクラスメイトのだれもが知っている事実だ。
そのせいで、ミカミはなにかとクラスメイトから相談を受けることが多かった。

そしてミカミも、無愛想(ぶあいそう)ながら、問題解決には協力的だった。
だからなおさら、いまの日高さんに対するそっけない反応は、正直意外だった。

ミカミは椅子から立ち上がると、つかつかと僕のとなりへとやってきた。

「私はこれから、彩人と寄るところがあるのだ。探しものをしているひまなど、ない」
「あ……、」

日高さんは小さく声をあげると、瞳をうるませながらしゅん、と肩を落とした。

「そ、そうだよね。ごめんね、急に頼みごとなんてして……」
「待って、日高さん。……ミカミ、日高さんの探しもの、手伝おうよ。"先生"のところに行くには、まだ時間もあるし」

"先生"とは、僕がお世話になっているピアノ講師のことだ。
その人こそが、僕がこの学園にこうして通い続けられるようにいろいろと便宜を図ってくれた、僕の恩師だった。

僕は週に一度、その先生の家でピアノのレッスンを受けている。
そして今日はミカミもいっしょに先生の家へ行くと約束した日で、ミカミはそのことを楽しみにしていたのだった。

ミカミは僕の顔を見たあと、うなずいた。

「わかった。彩人がそう言うなら、時間まではつき合おう。……それで、探しものって?」

ミカミがたずねると、日高さんが気まずそうに言った。

「あのね。……"ニワトリ"を、探してほしいの」



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