D棟の空室(e)
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それから数分後、現場に警察が到着した。
ミカミ、日高さん、そして雀さんと僕は、D棟からすこしはなれた場所で、それぞれ事情を聞かれた。

そんなこんなで、あっという間に時間は過ぎていき、僕が気がついたときには、もう夕方になっていた。
僕たち以外の生徒たちは午後の授業もなくなり、警察が来た数十分あとには、すでに集団で帰っている。

縫針先生が亡くなって、僕がまず気になったのは、娘のかなでちゃんはどうなるのだろう、ということだった。
警察の人にたずねてみると、となり町に住んでいたかなでちゃんの祖母が、
しばらくは縫針先生の家でかなでちゃんとチャコの面倒(めんどう)を見るらしいということだった。

いまはもう、その祖母といっしょにかなでちゃんも家へと帰ったらしい。
それを聞いて、僕はひとまず安心した。

やがて警察から解放された僕とミカミは、帰り道をしばらくふたりで歩いて行った。

「あした、高等部は自主登校だってね」
「そして初等部と中等部は休み、か。まあ、妥当なところだな」

雀さんと日高さんは、僕たちよりすこしまえに帰っていった。
日高さんは相当ショックを受けていたようだったから、もしかするとあしたは学校を休むかもしれない、と僕は思った。

「彩人はあした、学校に来るんだろうな?」
「そのつもりだよ」
「それならよかった。彩人と話をしたいことはまだ山ほどあるが、もう十八時を過ぎている。
二日連続で音羽(おとは)を待たせるのはわるいからな」

音羽とは、僕の小学二年の妹の名前だ。
母が病院に入院しているいま、僕は音羽とふたり暮らしをしているのだった。

「それでは、またあした」

ミカミはそう言うと、僕に背を向けて去っていった。

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ミカミと別れた僕は、ぼんやりとしながら、いま住んでいるマンションへと帰ってきた。
建物自体は大きいけれど、ずいぶん古いマンションで、家賃が安い。

僕は階段をのぼり、自分の部屋の玄関の鍵を開ける。
しかし、とびらを開けても、部屋の電気がついていなかった。

「……また、おとなりさんの部屋におじゃましているのか」

僕は玄関を出ると、となりの部屋のチャイムを鳴らした。

「はあい」

そう返事をして出てきたのは、おとなりの奥さん、黒宮さんだった。

黒宮さんは、長い黒髪をうしろでひとつに結び、エプロンをしている。
おそらく夕食のしたくをしていたのだろう。

彼女には、音羽よりも三歳上の娘、紅葉(もみじ)ちゃんがいて、紅葉ちゃんはよく音羽の遊び相手になってくれた。
黒宮さんも、ふたり暮らしをしている僕たちのことをなにかと気にかけてくれて、
甲斐甲斐(かいがい)しく世話を焼いてくれる、やさしい人だった。

「彩人くん、おかえりなさい。……音羽ちゃーん、おにいちゃんが帰ってきたわよ?」

そう言って部屋のなかに声をかけると、音羽がぱたぱたとやってきた。

「おかえりなさい、おにいちゃん」

そして、ぎゅ、と足もとに抱きついてくる。

音羽は僕とはちがい、公立の小学校に通っている。
彼女は紅葉ちゃんと同じ学校がいいと言って、みずから公立の小学校を選んだ。

正直、公立の小学校を選んでくれて、僕はかなりほっとした。
月見坂学園の初等部に通わせるには、お金がとても足りなかったのだ。

僕は黒宮さんに頭を下げた。

「すみません、いつもお世話になってしまって」
「いえいえ、私のほうが助かっているくらいよ?
お夕飯のしたくをしているあいだ、音羽ちゃんがうちの子と遊んでいてくれるから」

黒宮さんはそれから、小首をかしげた。

「それにしても、なんだか今日はサイレンの音が多くて、こわいみたい。なにかあったのかしら?」

その言葉で、僕はすっかり現実にもどされた気がした。

あれは、現実に起きたこと。……縫針先生が、殺された。
どこかで、あの光景はゆめだったと、僕は思いたかったのかもしれない。



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