D棟の空室(f)


黒宮さんは、僕たちのぶんの夕食まで用意してくれていた。
僕と音羽は黒宮さんの厚意に甘えて、夕食をいっしょにごちそうになった。

黒宮さんのだんなさんは、たしか学校の先生だ。
だんなさんはいつも帰りがおそく、今日もまたいつもと同じように、まだ帰ってきていなかった。

「まあ、彩人くんの学校で、そんなことが……!」

僕から事件の話を聞いた黒宮さんは、口もとを両手でおさえておどろいた。

夕食を終えて、僕はせめてものお礼を、と思い、皿洗いをしている最中だった。
音羽は紅葉ちゃんといっしょに遊ぶのに夢中で、おそらくこちらの会話は聞こえていない。

「それはとても、ショックだったでしょうね……」

黒宮さんが、僕が手渡した皿をふきんで拭きながら、気の毒そうに言った。
僕は、自分の手についたあわを見つめた。

「……縫針先生は、僕の恩師でした。月見坂学園の高等部に僕が進学したのも、彼女がいたからこそだったんです」
「どうか、気を落とさないで」

黒宮さんは言った。

「なにか私にできることがあれば、言ってね。音羽ちゃんのことだって、いつでも預かるわ」
「ありがとうございます、黒宮さん」
「でも……、いったい、だれがそんなことを」

言われて、僕ははじめて、そのなぞが残されていることに気がついた。
つまり、縫針先生はだれに殺されたのか、というなぞだ。

僕はあの光景を思い出した。
床に転がった縫針先生。背中に深く刺さった、包丁……。

「……まずまちがいなく、縫針先生を知っている人……、それも比較的、親しい人の犯行だと思います」

僕は言った。自然と、皿を洗っていた手が止まった。

「ふだんは使われていないあの特別活動室に、縫針先生がひとりで入るわけがない。 もしひとりでいるところを通り魔的に襲われたのだとしても、縫針先生にまったく気づかれることなく部屋に入り、うしろから包丁でひと刺しするなんて、不可能です」

不安げに僕の顔を見る黒宮さんに気づき、僕は苦笑した。

「……なんて、ちょっと友だちに似てきちゃったのかな。だいじょうぶ、きっと、あしたには犯人が捕まっています」