オワルはひそひそと続けた。
「なんでも、うちのクラスの砂辺さんがきのう、学校の近くを通ったときに、学校の音楽室でピアノの音が鳴るのを聞いたんだって。
日曜日は学校に、だれもいないはずでしょ? それなのに、聞こえてきたのは子どもが弾いているようなたどたどしさで、不気味な音色だったらしいの!」
「えっと……」
僕は困惑して、慎重にたずねた。
「オワルはそういうの、……つまりお化けとか、心霊現象を信じるタイプなの?」
「ぜんぜん!」
オワルは笑顔で即答した。
「でも、砂辺さんに頼まれちゃったんだ。
砂辺さんは吹奏楽部なんだけれど、練習のときに音楽室を使うから、お化けの正体をつきとめてほしい、って!」
「……私は」
それまで黙って聞いていた翠が、静かに口を開いた。
「それがほんとうにお化けの仕業でも、いいと思うわ」
「あれれっ、翠ちゃん、どうしちゃったの? ……もしかして」
オワルがじっと、翠を見つめた。
「もしかして、翠ちゃんはもうお化けの正体がなにか、分かっちゃったとか!?」
翠は目を閉じて、なにも言わない。
彼女がそうやってなにも言わないときは、つまり肯定と同義のときだった。
オワルはうれしそうに翠に抱きついて、そのまま頬ずりした。
「すごい! さすが翠ちゃん! でも翠ちゃんがそう言うなら、もうお化けのせいでいいよね!」
オワルが無責任にもそんなことを言い出すので、僕は慌てて彼女にたずねた。
「ちょ、ちょっと、オワル。でももう、そのお化けの正体をつきとめるって、砂辺さんと約束しちゃったんだろ?」
「うん!」
オワルは、ためらいもなくうなずいた。
「でも、翠ちゃんが言うことは、ぜったいに正しいの。だからもう、これはお化けのせいなの!」
「うーん……」
僕は考えた。
翠はたぶん、この件についてはこれ以上、なにも教えてくれないだろう。
しかしいまの話を聞いただけで、ことの真相が翠には見当がついたらしい。
それなら、もっと情報量が増えさえすれば、僕にだってわかるはず。
……それに、真相がわからないのは個人的にもやもやするし。
「……お化けのせいにするにしても、一日だけ、待ってくれないかな」
「あれっ、和也はいつになく乗り気だね! うんうん、じゃあこの件は和也にゆずった、……って砂辺さんに伝えておくよ!」
「え、それはちょっと……」
そのとき、学校のチャイムが鳴った。
「あっ、早く行かないと! うちのクラス、今日は朝の小テストがあるんだ。翠ちゃん、行こっ!」
「……ええ」
オワルが翠の手を引っ張って、あっという間に僕たちの先へと行ってしまった。
オワルと翠、そして僕とハジメはそれぞれクラスが違う。彼女たちはA組で、僕とハジメはB組なのだった。
僕は振り返ると、僕と同じように校庭に取り残されたハジメに声をかけた。
「ハジメ」
「……?」
名前を呼ばれて、ハジメは不思議そうに首をかしげた。
そんな彼に、僕は続けた。
「もしもほんとうにピアノの音がお化けのせいだったとして、その姿を『写真』に写せたらすごいよね」
『写真』という単語を聞いた途端、ハジメの目がはっと輝いた。
十家は、写真館を営んでいる。
そういったものにまったく興味がないオワルのぶんまで、ハジメは無類のカメラ好きで、カメラや写真の話にだけは食いついてくるのだった。
「……協力、してくれる?」
ハジメがこくこくこく、と勢いよくうなずいた。
……ひとまず、これですこしは心強くなった。