マフラー(d)
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オワルと話をしたことで、自分のなかで不明瞭だったものが、すっと明確になっていくのを感じた。

ほんとうなら、今日、あの海の見える丘に、翠と紺を迎えに行くべきではない、ということもわかった。
そもそも約束をしているわけではないから、彼女たちがいつでも、あそこで待っているとは限らない。

それでもいままで、彼女たちが毎朝、あの場所にいないことはなかった。
もし、自分のことを、今日もあの場所で待っていたら。

……そんな思いが、おろかにも僕の足を、あの丘へと急がせていた。
息を切らして丘を駆けのぼると、そこに翠と紺の姿はなく、代わりに他の女子生徒の姿が見えた。

立っていたのは、穂坂さんだった。

その時の落胆に、僕ははじめて実感した。

僕は今まで、翠に期待をしていたんだ。
彼女とは付き合えないと、彼女には尊い存在でいてほしいと口では言っておきながら、
僕は彼女からの見返りを求めていた。

そうでなければ、彼女の姿がなかっただけで、こんなにむなしい気持ちになるはずがない。

……だから、駄目なんだ。
もう僕は、駄目になってきている。

見返りを求めれば、彼女はきっと、返してくれる。
でもそれじゃあ、駄目なんだ。

彼女の人生の邪魔をしてはいけない。
僕のような人間は、彼女に近づいたら、駄目なんだ。

「葵くん?」

そう声をかけられて、はっとした。
目の前には、僕の顔を覗き込む穂坂さんがいた。

「穂坂さん。……どうしてここに?」
「葵くんのこと、ずっと気になっていた、って言ったでしょう。
あなたが毎朝、ここに鬼無里さんを迎えに来ていたことも知っていたのよ」

そう笑う目は、どこかおそろしい冷たさを放っていた。
僕は、身体の芯が薄ら寒くなっていくのを感じた。

ずっと見られていたのか? それは、いつから?
もしかしなくても、僕は今、とんでもない人を相手にしているんじゃないか……?

穂坂さんは、ゆっくりと僕の首に両腕を回した。
思わず、びくりと身体がこわばる。

「葵くん。まだ、自覚がないよね。今、あなたは私の彼氏なの。
鬼無里さんは、ただの同級生で、恋人じゃあない。……だからもう、鬼無里さんに会わないで」

そして穂坂さんは、耳元でささやいた。

「……私、鬼無里さんって、きらいなの」



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