結局、僕はその日、そのまま穂坂さんと登校した。
あとは授業を受けるだけだったので、翠やオワルとはそれ以降会うことのないまま、昼食の時間となった。
昼食はいつも、ハジメと一緒に教室のなかで弁当を食べる。
穂坂さんが来るかもしれない、という考えもわずかに頭をよぎったけれど、さすがの彼女も、学校内ではおとなしいままだ。
僕はいつもどおり、ハジメの机のまえに椅子だけを持ち寄って、向かい合わせに座った。
無口なハジメとは、いっしょにいても特に話すことはない。
でも、彼との無言の空間は、決して居心地の悪いものではなかった。
黙々と白いご飯を箸で口に運んでいたハジメは、僕のことをちらりと見た。
そしてぼうっとハジメのことを眺めていた僕と、目が合った。
ハジメは箸をそっと弁当箱の上に置くと、口を開いた。
「……和也、オワルから今朝、なにか言われたのか?」
「え、どうして?」
「……オワル、今日は早くに出かけたから……、それにA組のクラス対抗の朝練にしては、怒った顔をしていたし。
和也は和也で、なんだか考えごとをしているみたいだ。だからオワルが和也になにか言いに行ったのかと思ったんだ」
それから気まずそうに、ハジメはうつむいた。
「穂坂とのことを、なにか言われたのか?」
「……うん。……って、結構知られているものだね。うわさが広がるのって、ほんとうに早いんだ」
僕もそう言って、箸を置いた。
「オワルに、きらいだと言われてしまった。彼女は、僕と翠が付き合うことが最良だと、信じている」
オワルは翠の側に立っている。
彼女から見れば、翠にとって、僕が必要な存在に見えるのかもしれない。
「でも僕は、翠を選ばないどころか、……下の名前も知らない穂坂さんの告白を、受け入れてしまった」
今思えばそれは穂坂さんにとっても、不誠実な態度だったと思う。
オワルじゃあなくても、僕を非難するだろう。
「……俺は」
そのとき、ハジメが口を開いた。
「俺は、和也のことが好きだよ。素直じゃあないところも、こうして俺なんかに優しくしてくれるところも、
それでいていつか、ふっと消えてしまいそうに、どこか危ういところも。
和也がなにを選ぶのかは、和也の自由だ。俺はその選択の先に、和也のしあわせがあればいい、って」
ハジメはわずかに笑った。
「……そう思っているから。俺になにかできることがあったら、いつでも言って」
最近、ハジメの話し声を聞くことが増えたな、と僕は思った。
無言の空間もいいけれど、ハジメが話しているのも、悪くはないな。
ハジメは再び箸を手に持つと、一口だけ、白米を口に運んでから言った。
「それにオワルも、ただの天邪鬼(あまのじゃく)なだけで、鬼無里のことと同じくらい、和也のことが好きだよ」
「……どうしてそう思うんだ?」
「そのくらいわかるよ。だって俺たち、双子だよ?」
そう笑ったハジメは、たしかにオワルにそっくりだった。