午後の授業と掃除を終えて、放課後を迎えた僕は、帰りじたくをしていて気がついた。
鞄のなかにしまっていたはずの、僕のマフラーがない。
「ハジメ、僕のマフラーを見なかった?」
僕の問いかけに、ハジメはふるふると首を振るだけだった。
机の脇にかけてある鞄から、マフラーだけがひとりでに落ちてどこかいくなんて考えられないし、
マフラーを盗むにしたって、僕なんかのマフラーでは、犯人になんのメリットもないだろう。
しかし、もう毎朝、翠たちのことを迎えに行くことがなくなるのなら、あのマフラーも必要はない。
顔を判別できない紺に、僕のことを見分けてもらう必要はなくなるのだから。
なくなって、よかったのかもしれない。
僕はマフラーを探さずに、教室を出た。
そしてそのまま帰ろうとして、足を止めた。
……穂坂さんと一緒に帰ろう。
彼女は僕のことを、あれだけ真剣に好いてくれているのに、僕は彼女のことを、ぞんざいに扱ってきた。
もっと真摯(しんし)に、彼女と向かい合う必要性を感じたのだった。
なにより、もし万が一のことがあって、穂坂さんの怒りがこれ以上翠へと向かったら、彼女がなにをしでかすかわからない。
……僕が、穂坂さんを制御しなければ。
僕がA組の教室に向かうと、すでにA組の教室は人がまばらだった。
ちょうど砂辺さんの姿があったので、彼女を呼び止める。
「あの、穂坂さんって、もう帰っちゃった?」
「うーん、どうだろ。A組は、これからクラス対抗の練習をするから、もしかするとそっちかも。B組は、練習しないの?」
「ああ、僕たちは、今日は練習場所をおさえられなかったんだ。わかった、ありがとう」
穂坂さんが帰ってしまったにしても、練習に出るにしても、一緒に帰ることはむずかしそうだ。
また、後日改めようと考えたところで、ふと思い出した。
「あ、それと砂辺さん。もうひとつ聞きたいことがあるんだけれど……」
「うん? なに?」
僕は気まずさからすこし顔を背けながら、小声でたずねた。
「……穂坂さんの下の名前、教えてくれない?」