夜と自転車(a)


僕はひさしぶりに、学校からひとりで帰ることとなった。
いつもなら翠と児童館まで紺を迎えに行って、そのまま三人で帰るからだ。

冬の町のなか、制服姿でひとりで歩いていると、心細さを感じる。
いつも首元を覆っていたマフラーがないせいかもしれない。

でも同時に、どこか清々しさのようなものも感じていた。
だれの目も気にせず、自由で、このままどこまででも行けるような。

……本来、僕はひとりのほうが好きな人間なのかもしれない。

僕はこの清々しさと引き換えに、翠のことを忘れようと努めた。

翠のしあわせは、オワルに任せた。
僕はもう、翠と関わらないほうがいいんだ。



そんな決意は、予想外のかたちですぐに砕かれることになる。

夜、八時を過ぎた頃。
夕食をすませた僕の家の呼び鈴がなった。

僕が出てみると、そこにはなんと、翠が立っていたのだった。

「み、翠? こんな遅くに、どうしたの?」

学校が終わって結構な時間が経っているのに、翠は制服のままだ。

翠と僕は、もとからおたがいの家の場所は知っている。
しかし、なんの予定もなしに相手の家へとたずねるようなことは、いままでに一度もなかった。

こんなに外は寒いのに、翠の頬は赤く、息も荒い。
ここまで走ってきたようだ。

「紺が、ここに来ていない?」
「来ていないけれど……、まさか」

僕が息をのむと、翠が両手で顔を覆った。

「まだ、帰ってきていないの。 今日は劇の練習があったから、迎えに行くのがすこし遅くなってしまって……、児童館に迎えに行ったら、もういなくて」

それから翠は両手をおろすと、いつもの表情にもどっていた。

「ありがとう、和也。私はもう行くわ」
「翠、待って」

僕はそう言うと、急いで家のなかに入り、またすぐにもどってきた。
そして家からとってきた、髪ゴムを翠に見せた。

「髪を結ぼう」
「……え?」
「徒歩より、自転車のほうが効率がいい。でも僕の後ろに乗せるには、翠の髪は長くて、タイヤに引っかかると危ないから」

僕はとまどう彼女の髪を手にとって、問答無用に編みこんでいく。
ただ縛るだけでは、まだ長さがあったからだ。

一本の三つ編みを完成させると、僕は自分の駐車場の隅から、自転車を引っ張り出してきた。
そして翠に声をかける。

「乗って。……行こう」

翠がおずおずと後ろの荷台に乗るのを確認してから、僕はペダルを漕ぎ出した。