取引(d)


「……俺らさあ、ここで死ぬかもしれないじゃん?」

本棚のかげで、朔之介がひそりともこなにささやいた。
もこなはというと、いやそうに朔之介をにらんだ。

「縁起でもないこと言わないで」
「いやいや、仮の話だよ。でもさあ、そういうときがきたとしても、思い残すことがないように……」

朔之介はもこなに顔を近づけて、じっと見つめた。

「試しにちゅーでもしてみない?」
「……ここから無事帰ることができたら、病院へ行くことをオススメするわ。もちろん、頭のね」

次の瞬間、もこなは朔之介に口をふさがれた。
おどろいたもこなは、自分の口をふさいでいる彼の手をとっさにはらおうとしたが、 彼が口もとに指先を当てるジェスチャをしていることに気づいて、すぐに抵抗をやめた。

耳をすますと、足音が聞こえてきた。
……あれは、階段をのぼってくる足音だ。

……犯人が探しにきたのだろうか?

もこなは、その足音が通り過ぎることを必死に祈った。
しかし、その足音は図書室の前で止まったかと思うと、あろうことか今度はとびらの開く音がした。

「……ッ!」

もこなは声がもれそうになる口を、朔之介の手のうえから必死に自分の手でおさえた。
朔之介の顔を見ると、朔之介はもう片方の手でもこなの肩を抱き、

(だいじょうぶだ)

と口を動かした。

しかし、そのときの朔之介は、もこなとは別のことを考えていた。

ふたりとも犯人に見つからないに越したことはないが、同じ部屋にいる限りは、いずれ見つかってしまうだろう。
……それなら、自分をおとりにしてでも、このもこなを逃がすことが次善の策だ。

朔之介は、本棚のかげから飛び出すタイミングを見はからっていたが、ふと、足音のくせに気がついた。

「……って、おまえ、ニャーか! もう、おどろかせるなよ……!」

図書室に入ってきたのは、新弥だった。
朔之介は新弥に駆け寄ると、はっとして声のトーンを落とした。

「……おまえひとりか? 詩良はどうした?」

新弥はうつむいたまま、ふるえる声で言った。

「ごめん。……僕たち、犯人に見つかってしまって、……下水流さんは人質にされてしまったんだ」