取引(e)


「……詩良を助けに行かなきゃ……」

もこなが顔面蒼白で、ふらりと図書室を出ていこうするのを、朔之介があわてて止めた。

「落ちつけ、鹿波! らしくないぞ、冷静になれ!」
「……でも……っ」

もこなは目になみだを浮かべて朔之介をにらみつけた。
しかしすぐに顔を両手で覆うと、押し殺すような声で言った。

「……どうすればいいのか、わからない。頭がまっ白なの。私はいったい、どうすればいいの?  詩良は、あの子はどうなっちゃうの……!?」

ふるえるもこなの頭を、朔之介がぽんぽんとやさしくたたいた。

「だいじょうぶだ。これでこっちは、犯人の居場所がわかったんだ」

それから朔之介は新弥に言った。

「おまえ、先輩に連絡はできたか?」
「……ワンコールするまえに、犯人に持って行かれた」

それを聞いた朔之介は、すぐに自分の携帯を取り出すと、蒼太に電話をかけた。

「西森先輩、詩良が人質になっちまいました。……ハイ、いま、三人で図書室に。……ハイ、わかりました」

通話を切ると、朔之介がふたりの顔を見た。

「いまから先輩たちがここに来るってさ。……ふたりとも、そんなしけた顔すんなよ。とりあえず座ろうぜ」



ほどなくして、蒼太と緋色が図書室にやってきた。
顔を合わせるのは数十分ぶりのはずだったが、それがやけにとおい昔のことのように思えた。

「それで、犯人はなんて言ってたの?」

緋色が新弥にたずね、新弥が答える。

「……犯人は、卒業生の『姫野ミカミ』についての情報を欲しがっているみたいです。 一時間以内……、さっき時計を見たときは十七時十五分だったから、たぶん十八時十五分くらいまでに、 姫野ミカミに関するものを持ってこいって言われて……、 僕は卒業アルバムならあるかもしれないと思って、それで図書室まできたんです」

新弥が答えると、緋色が意表をつかれた顔をした。

「……姫野ミカミって、この学校の卒業生なの?」
「緋色、知ってるのか?」

蒼太がおどろいて、緋色を見た。

「たしかに学園内じゃあ有名だけれど、学外でも名が知られているっていうのは、初耳だ」
「……あ、うん」

らしくなく、緋色は歯切れのわるい返事をしたあと、すぐに表情を引きしめた。

「……とにかく、みんなでその卒業アルバムを探してみよう。見つけたら、そのアルバムはぼくが犯人のところへ……」
「ううん、先輩。……僕が行きます」

新弥がきっぱりと言った。

「犯人の出方を見極めるためにも、とりあえずは犯人の言うことに従ったほうがいいです」

緋色は、そんな新弥をじっと見て言った。

「こわがらせるつもりじゃあないけれど……、たぶん、だれが行っても下水流さんは解放されないし、 解放されるとしたら、今度はアルバムを持って行った人が人質にされると思うよ。 姫野ミカミに関する資料がそれ以上見つからなかったら、人質になった人は……」
「殺されると思いますが、……それでもいいんです」

新弥はというと、力なく笑った。

「……罪悪感が残るような選択肢を選ぶくらいなら、僕は死んだほうがましだ」