「お兄さん。すこしはあたしと、話をしよーよ。一時間も無言のままじゃ、かえって疲れると思うよ?」
詩良が鷲村にそう話しかけても、鷲村は椅子に腰をかけ、腕を組んで目をつむったままだった。
詩良の両の足首は、椅子の足にロープでくくり付けられていた。
からだも背もたれに固定されている上に、両手までうしろ手に縛られている。
この状態では、詩良は微動だにもできなかった。
「……お兄さん、どうしてこんなことをしようと思ったの?」
まただんまりかな、と思ったが、今度は鷲村がゆっくりと目を開けた。
鷲村は床のはしを見つめながら、ぼそりと言った。
「……有名になりたかったから」
予想外の答えに、詩良は一瞬、言葉につまった。
有名になりたい?
……たったそれだけの理由で、こんなことを?
詩良は混乱しながらも、たずねた。
「……え、ええっと、それは、どうして?」
「おまえに話すようなことじゃあない。おまえはただ、俺の名前を覚えておけばいい」
「そりゃあ、あたしにとっては忘れられない名前になりそうだけれど」
詩良はふん、と皮肉っぽく笑った。
「こういうことをしてもさ、世間がさわぐのはほんの数日だと思うよ。
一ヶ月もたたずに、こんな事件はぜったいに風化する。それよりもさ、有名になりたいならもっと……」
そこで詩良は言葉を切った。
なぜなら、鷲村がゆっくりと立ち上がったからだった。
鷲村はつかつかと詩良に歩み寄ると、ひざをついて詩良の鼻先に顔を近づけた。
「それなら、おまえはけっして俺のことを忘れるな。そして、俺のことを語り継いでくれ」
「は? なにを言って……」
そのとき、詩良がはっと息をのんだ。
鷲村が手にしていたのは、あのサバイバルナイフだった。
そのナイフを、鷲村は詩良のからだに近づけていく。
「……ちょ、ちょっと、シャレにならないって……!」
詩良が必死にからだをよじる。
しかしきつく縛られているせいで、やはりびくりとも動けない。
やがて鷲村は、ナイフの刃先で制服のスカートのすそをめくった。
そして詩良の左の太ももに、刃先をぴたりとあてがった。
「お、お兄さん、うそでしょ? ちょっと、それ以上は……っ!?」
詩良の肌に、ぷつりと刃先をつき立てられる。
詩良の太ももから、血がじわじわとあふれ出した。
「あっ……うぁ……っ!!」
鷲村は刺したままのナイフをさらに肌の上で滑らせると、汗だくでうめく詩良の耳もとで、低くささやいた。
「……この傷を見れば、おまえはいつでも俺のことを思い出すことができるだろう?」