とつぜん、からん、と金属の音がした。
それは、鷲村がナイフを床に放り投げた音だった。
「六路木玲花。俺を説得しろ」
新弥の側に座りこんだままだった玲花は、鷲村をにらみつけた。
「……どういうことですか? どうしてこんなことをしたの?」
わけがわからなかった。
鷲村がなにを言っているのか、意味がわからない。
玲花は両手で顔を覆って、泣きながらさけんだ。
「……あなたは、こんなことをする人じゃあないと思っていた。でも、いまは……あなたのことが、ぜんぜんわからない!」
その言葉を聞いて、鷲村がわずかに困ったような顔をした。
そんな鷲村に、深神が言った。
「先ほどほかの子どもたちから聞いたが、きみは『私』の情報を集めていたそうだな。
それは……この六路木玲花のためだろう? きみがしたことは、すべて六路木君のためを思ってだったんだな?」
その言葉におどろいて、玲花が深神を見た。
「ど、どういうこと? もしかして、彼はあの記事を書いた私にうらみを持って……?」
「うらんでなんかいない。俺は……」
鷲村はしばらく考えたあと、うつむいた。
「……俺は、うれしかったんだ。いままで俺のことを、見てくれる人なんていないと思っていたから。
俺のことをすこしでも考えて、知ろうとしてくれた人がいたことが、うれしかった」
だから自分も知ろうとした。
あの記事を書いた、六路木玲花という女性のことを。
「調べていくうちに、六路木玲花にとってはあれがはじめての記事で、しかも評判がよくなかったということを知った。
……そんな評価、まちがっている。俺は、六路木玲花の価値をもっと世間に知らせたかった」
正義感が強く行動力があり、信念がある。
強くてやさしくて、いとしい女性。
どうしたら、ちからになれるのか。
どうしたら彼女の人生の一部品となれるか。
考えて、そして出した答えは。
「……彼女のはじめての記事に付加価値をつけるには、『鷲村澄人』がもっと有名になればいいと思った」
鷲村澄人がもっと大きな事件を起こせば。
そうすれば、のちに世間をさわがせることになる犯罪者にいちはやく目をつけていたとして、
あの記事がふたたび日の目を見て、評価される日がくるだろう。
答えが出れば、それからははやかった。
リモコン式の爆弾を作って、殺傷能力の高そうなサバイバルナイフを購入した。
そして事件の計画をしているときに、玲花が『姫野ミカミ』の情報を集めていることを知った。
だからそれにも協力しようと思って、姫野ミカミにゆかりがあるという、この月見坂学園を選んだ。
結果は成功だ。
爆発物をデモンストレーションとして使った私立学校の立てこもり事件。
学生をおびやかし、ひとりでも殺せば話題性も高い。おまけに『姫野ミカミ』本人をこの場に引きずり出すこともできた。
ここまで、すべては計画どおり、……いや、それ以上の成果だった。
あとは玲花に説得されて、自分が投降できれば完璧なのだろうが……、
彼女だけは、自分の思いどおりにはならないだろう。
鷲村は、玲花のもとまで歩いていった。
そしてひざをついて、彼女の目の高さに視線を合わせる。
玲花がびくり、と身をすくませるので、鷲村は苦笑した。
それから鷲村は、玲花の頬に、そっとやさしく手を触れた。
「……ここまで来てくれてありがとう。あなたは俺の思いどおりにはならない。
だってあなたは俺にとって、神さまのような人だから」