プロローグ
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は、森のなかに立っていた。

木漏れ日がさやさやと、の頬をなでていく。
しかし、それをここちよいと感じるには、わずかに寒さのほうが勝(まさ)っていた。

はぶるり、と小さく身ぶるいをする。

「……ずいぶん、冷えるな」

湿度をふくんだ土のうえには、枯れ葉のじゅうたんが敷きつめられている。

あたりは一面、黄色や橙に色づいた木々の葉が広がっていて、その向こうがわにのぞくのは、限りなく白に近い空の青だ。
それらのどの色もまぶしいくらい鮮やかで、は思わず目を細めた。

季節は、秋だ。
それも、もうじき冬がやってくるころの、秋のおわり。

「……お兄ちゃん?」

のすぐとなりから、声がした。
の服のそでの部分をつかんで、あたりをきょろきょろ見回している……彼女はの妹、だった。

「 ……ここ、どこ?」

彼女はぼう然と口を開けて、この森の風景を眺めている。

しかし、にはのその質問に答えることはできなかった。
なぜならもまた、と同じ疑問を抱いていたからだ。

「ぼくたち、……いままでなにをしていたんだっけ?」

がつぶやいた。
しかしどんなに記憶をたぐろうとしても、自分たちの名前以外に思い出せることはひとつもなかった。

「……うそだろ? 兄妹そろって、同時に記憶をなくすなんて……」

ふたりとも、持ち物はなにも持っていなかった。
寒さのわりに、身に着けている衣服も薄手だ。森に入ってくるにしては、あまりにも軽装過ぎる。

しかし、どうやらこの現状が現実らしかった。
……そう、これが"わるいゆめ"でもないかぎりは。

「こんにちは」

そのとき、たちのうしろから声がした。
ふたりが同時にふり返ると、黄色と橙色の世界のなかに、ひとりの青年が立っていた。

ミルクティ色の髪。
青年は若草色の、しかしひどくくたびれたブレザーを着ていて、同じ色の帽子をかぶっている。
肩からさげているのは、こちらもだいぶ年季の入っていそうな大きなカバンだ。

瞳の色は、帽子のつばの影になっていて、いまは見ることができない。

「……あなたは……?」

がつぶやくと、青年は帽子を取ってあいさつをした。

「僕は、通りすがりの郵便屋です。……どうやらお困りのようですね」

そして顔を上げると、郵便屋はにこりとほほえんだ。

「とりあえず、この森から出ましょうか。近くの街までお連れしますよ」



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