ゆめ(c)


次の日の朝。
あとから食卓に入ってきたベルナデットを見て、アルノとロミィがぎょっとした。

「えっ、郵便屋、……この人、だれだよ?」

アルノが言って、が顔を見合わせる。

「アルノくん、どうしたの? この人は、ベルナデットさんでしょ。きのうの夜、いっしょに食事をしたじゃない」
「なに言ってんだ。きのうの夜は、オレとロミィ、郵便屋、の五人で食事をしただろ?」

それはどうやらじょうだんではないらしく、アルノとロミィはベルナデットの存在に、本気でとまどっている。
そのようすを見て、が不安げに声をあげた。

「も、もしかして、アルノくんたちまで記憶喪失になっちゃったの?」
「んなわけないだろ、気味のわるいこと言うなよ……」

とアルノがそんな話をしているあいだも、ベルナデットはすました顔をして食卓についた。

(……もしかして)

がベルナデットに視線をやると、視線に気がついたベルナデットが、わずかにうなずいた。



朝食後、はふたたび、ベルナデットと街へ出た。
広場のベンチに腰をおろすと、ベルナデットは、ふ、と短く息をはいた。

「……これが私の『悪夢』。私は日づけをまたいで、人の記憶にとどまることができないのだ。アルノに限らず、ライナスの街の住民たちとはいままでに何度も顔を合わせているが、いつも初対面だ。こんな暮らしを続けてもう数十年になる」
「す、数十年?」
「『永遠の悪夢』だからな。私は不老らしい」

さらりとベルナデットが言った。
……にわかには信じがたい話だが、この話がほんとうなら、たしかにとんでもない代償だ。
街の人たちが森を恐れるのもわかる気がする。

「そんな代償を払ってまで……、ベルナデットは、どんな願いを叶えてもらったの?」
「そう、そのことなのだが……、私は神さまにどんなことを願ったのか、思い出せないのだ。だからもうずっと、自分の願ったことはなんだったのか、この街で探している」
「そんな……」

そこでは、はっと気がついた。

「……待って。でもきのう、郵便屋さんはベルナデットのことを『知っていた』よね?」
「ああ。彼も『永遠の悪夢』を与えられたひとりだからな」

ベルナデットが言った。

「私がこの街にとどまっているのは、そういう理由もある。あの郵便屋だけが私のことを知っていて、私も郵便屋のことを知っている。……そしてまた、おまえたち兄妹も、私のことを覚えていた。……記憶を失ったことがおまえたちに与えられた『悪夢』なのか、それともまだなにか裏があるのか……」
「ちょ、ちょっと、なんだか衝撃的なことが多すぎて、ぜんぶを受け止められないよ。ぼくたちが記憶を失ったことなんて、ベルナデットの『悪夢』に比べたら、ほんとうに些細なことだ。もし記憶がもどらなくたって、これから新しく思い出を作っていけばいい。……でも、ベルナデット。きみの呪いは……、あまりにも、かなしすぎる」
「私は、それでもいままでは、あの郵便屋がいてくれたから」

ベルナデットはしずかに言った。

「なんとかやってこれた。しかし、彼の『悪夢』は……」
「そ、そうだ。郵便屋さんの『悪夢』って、いったいどんなものなの?」
「彼は、負の感情を失った」

ベルナデットは目を伏せた。

「わかるか? ……大切な人に自分のすべてを忘れられても、かなしむこともできない『悪夢』なんだ」