探偵と助手(d)


「おや、赤月代表、こんなところにいらっしゃったのですか」

深神たちのところへ近づいてきたのは、神経質そうな印象の、背の高い男性だった。
うしろには、すこし気弱そうな白いスーツの男性がかくれるようにして立っている。

背の高い男性は、桜子に言った。

「ディナーの際のスピーチの打ち合わせだとかで、先ほど社員が探していましたよ」
「あら、そう。……まったく、いったい何度打ち合わせをしたら気がすむのかしら…… 」

桜子はすこし気だるげに、髪をかき上げた。

「では、私はそろそろ行くわ。……深神先生、そして助手さん、どうぞごゆっくり」

そう言うと、桜子はその場を去っていった。
桜子のすがたが見えなくなると、都子が深神に言った。

「深神先生、ご紹介します。こちらは、旅館『あやめ』の支配人、村崎幸治郎(むらさき・こうじろう)と、 『シャムロック・パーク』の施設長、佐藤啓祐(さとう・けいすけ)です」
「これはどうも。私は私立探偵の深神。こちらは助手の、ハルカです」
「た、探偵……?」

気弱そうな男性……佐藤は、おどろいたように深神のことを見た。
一方、村崎はおもしろそうに、わずかに首をかしげた。

「ほほう。……たしかに赤月ともなれば、敵も多いのでしょうな」
「ふむ。それは赤月グループ傘下の施設を運営している、あなたがたにも同じことが言えるのかもしれませんね」

深神は帽子のつばで目元をかくすと、すこし声のトーンを落として、淡々と話しはじめた。

「……『シャムロック・パーク』は近年できたばかりの、大型テーマパークだ。 そしてそのすぐ近くにある旅館『あやめ』は、まわりの宿泊施設のなかで唯一の和風旅館ですね。 そのものめずらしさもあって、いまでは海外からの客に人気のようだが……、 あの土地でなにがあったのか知る者たちにとっては、おだやかな場所ではないでしょう」
「ちょっと、深神さん! 言いすぎですって……」
「いいんだ、助手君」

深神をたしなめようとするハルカに、村崎が言った。

「あの土地で商売を続ける以上は、永遠について回る話だからね。 ……あなたが言いたいのは、あの『七年前のマンション火災』の話だな?」

そう言うと、村崎は少しだけ目線を下げた。

「たしかに『あやめ』は、かつてマンション火災があった現場の跡地に建てられた施設だ。 しかし、だからといって悲しみにくれたままでは、犠牲になった者たちが、ほんとうの意味で報われることはないと思う。 だから彼らのとむらいのためにも、私は責任をもって『あやめ』を運営すると、こころに決めているんだ」
「む、村崎支配人、……せっかくのパーティなのに、しめっぽい話はやめましょうよ」

佐藤が村崎のうしろから、こわごわと口をはさんだ。
それから佐藤は、鈴音と都子に顔を向けた。

「丹波さん、それに都子も、そろそろディナー会場へ準備をしに行ったほうがいい。 ……僕たちの今回の船旅は、パーティを楽しむ時間よりも、仕事のほうが多いんだからね」
「わかったわ、啓祐さん。……それでは深神先生、ハルカ君、また」

都子がほほえんで深神とハルカにあいさつをすると、彼女たちは深神たちのもとから離れていった。