「索条体(さくじょうたい)が索痕(さくこん)と一致しています。現場の状況から見ても、自殺でほぼ間違いないかと」
「そう、わかった。柚野君、一応検死に回しておいて」
「了解です、島田刑事」
そう返事をすると、警察官の柚野(ゆの)君が、あたしに向かって敬礼した。
あたしはというと、小さくため息を吐いて両腕を組んだ。
十一月の半ば過ぎ。
現場は、蛍が丘市の住宅街にある、とある一軒家。
平和で平凡なはずのありふれた一般家族が住んでいたこの家の一階の書斎で、
この家の世帯主、葵和也三十八歳が首を吊っている状態で発見された。
それは今よりも数時間まえ、ちょうど太陽が傾き始める頃合だった。
おどろいたことに、死体を発見して警察に通報をしてきたのは、まだ小学六年生の少女だったらしい。
少女は、年の割にはかなり落ち着いた様子で状況を説明し、警察をおどろかせた。
そんな彼女の正体は、葵和也の一人娘、葵萌乃(あおい もゆの)だったという。
(小学生の女の子が実の父親の死体を目の当たりにして、そんなに冷静でいられるものか……?)
世のなかにいろんな人間がいるとしても、あたしはどうしても納得できなかった。
そして真実は、いつも人の目に宿るものだ。
うそや、隠し事がある人間は、目を見ればすぐにわかる。
あたしは、萌乃ちゃんのことを一目見てみたくなった。
あたしがふり返ると、部屋の入り口には、いまだにぼうぜんと立ちつくしている女性がいた。
彼女は葵和也の妻、葵千代だ。
線の細い、小柄の美人で、見るからにおとなしそうな奥様だった。
あたしは彼女に声をかけた。
「すこし、娘さんのようすを見させてもらってもいいですか?」
「え、ええ……、はい……」
あたしは彼女の横を通り過ぎると、書斎と同じ一階にある、リビングへと向かった。
外はもう暗いので、家中の明かりがつけっぱなしだ。
向かった先のリビングも、もちろん明かりがともっていた。
そしてリビングのソファには、ふたりの少女が座っていた。
ひとりはしゃくり上げながら泣き、もうひとりは泣いている少女の背中をなでながら、なぐさめている。
(……なるほど、そういうことね)
ふたりのようすを見て、あたしははじめて合点がいった。
あたしは少女たちに近づくと、彼女たちのまえでひざを折った。
「こんにちは。あなたが葵萌乃ちゃん?」
泣いていないほうの少女に声をかけると、その少女……萌乃ちゃんが顔を上げて、こくりとうなずいた。
萌乃ちゃんは、父親と同じ、夕陽色の髪をしていた。そしてその髪を、かわいらしい髪留めでハーフアップにしている。
キュロットタイプのサロペットを着ていて、ぱっと見ただけでも利発そうな見た目だった。
状況も状況なので、萌乃ちゃんの目はすこしにごっていたが、泣いた形跡はない。
「……お父さんを、いっしょに見つけちゃったから」
萌乃ちゃんが困ったように、となりの少女を見ながら言った。
萌乃ちゃんはたぶん、となりで泣いている子よりも、賢明だ。
そしてその賢明さがときに、子どもにとっては感情を発散させる上での残酷な足かせになることもある。
もしこの場にいるのが萌乃ちゃんひとりだけだったら、もっとおどろいたり、悲しんだりもできただろう。
しかし彼女はなぐさめ役に回ってしまったことで、自分の感情をおさえなければいけなくなってしまったのだ。
あたしは言った。
「そうね、びっくりしちゃったよね。あたしは島田志摩子っていうの。刑事をしているのよ。……おとなりのお友だちは?」
萌乃ちゃんはとなりの少女のようすをうかがった。
となりの少女は、萌乃ちゃんに比べると、すこしだけ身体が小さかった。
髪も服も黒色で、よくいえばひかえめ、悪く言えば地味な印象の子だった。
遺体を見てしまったことがよほどショックだったのだろう、少女はずっと、泣いたままだ。
萌乃ちゃんはそんな彼女の背中をふたたびなでながら、答えた。
「この子はひいちゃん……、宮下緋色ちゃん。私のお友だち」