依頼(d)


「あら、倉永さん! どうなさったんですか?」

玄関の扉を開けた葵千代は、深神の隣に倉永がいることにおどろいた。
倉永はというと、なぜか得意気に胸を張った。

「さっきこちらの深神先生とばったりお会いしたんで、俺がここまで案内したんスよ!」
「私が萌乃お嬢さんをどこかに連れ去らないよう、倉永さんが見張っていてくれたのです」

深神の言葉に倉永は一瞬おどろき、そのあと気まずそうに頬をかいた。

「……ほんとうに、なんでもお見通しなんスね。 いやあ……、でも、うたがっていたのは最初のほんの数分だけですってば!」
「いかなるときでも、うたがいを捨てないことは大事なことですよ。倉永さんの判断は、正しかった」

深神は笑うと、改めて千代に向き直った。

「こうしてお会いするのは初めまして。お電話をいただいた、探偵の深神です」
「深神先生、お待ちしておりました。どうぞなかへお入りください。それで……ええと、倉永さんは……」

名前を呼ばれた倉永は、一歩うしろに下がって笑った。

「あ、では俺はここいらで失礼しますね。またね、萌乃ちゃん!」
「さようなら、倉永おじさん」

慣れたようすで萌乃が手をあげ、倉永はその手にハイタッチする。
そして倉永は元気よく帰っていった。

彼の背を見送ったあと、深神は感心したようにつぶやいた。

「ずいぶんとフレンドリーな方だ」
「いつもあのような感じで……、いろいろと面倒を見ていただいて、倉永さんには感謝しています。 ……萌乃、手を洗って、お茶菓子を持ってきてくれる?」
「はい、お母さん」

萌乃は家へあがるとすぐに、奥へと駆けていった。
深神はというと、葵家のリビングへと通された。

ソファに座った深神の前に、千代が紅茶をコト、と置く。

「お砂糖は、おいくつ?」
「できるだけ多めにお願いします」

千代はおどろいた顔をしたが、白い角砂糖を五つほど、深神のカップ皿の上に乗せてやった。

「どうも。さて、ではお話をうかがいましょうか」

深神はその五つの砂糖をすべて紅茶の中にぽんぽんと放りこんだ。
そしてそれをティースプーンでかき混ぜながら、言った。

「こちらのお宅で、……絵画が盗まれたという話でしたね?」

深神の言葉に、千代が不安げにうなずいた。

「……一時期、絵画泥棒がはやりましたでしょう? あのサバトの絵画を狙った……」
「ええ、すこしまえに。……まさか、盗まれたのはサバトの絵だと?」
「そうなんです。そして絵の盗まれた日が……私の夫が死んだ日と、同じなんです」

千代はうるんだ瞳をふせた。

「警察には争った形跡もなく、自殺だと言われました。でも、私にはどうしても無関係だとは思えなくて…… もしかすると夫は、絵を盗んだ人間に殺されたのではないかと……」
「なるほど。奥様のお考えはよくわかります、しかし」

深神が言った。

「……まずはそのまえに、もうすこしだけ砂糖をいただけますか?」