そのあと深神は、千代があとから持ってきたぶんの砂糖もすべて紅茶に沈めると、それをすべて飲み干した。
さらに萌乃が持ってきたお茶菓子も一口でぺろりと平らげた深神は、ようやく満足げに「ふうむ」、とうなった。
「しかしです、盗難事件となると、本来ならば警察の仕事なわけですが」
深神の言葉に、千代はため息を吐いて首を横にふった。
「警察には話が通じませんし、なにより頼りないんですもの。
お願いします、深神先生。どうかあの絵を取りもどしてください」
「どうやら、よほど大切にされていた絵画のようですね」
「夫はあの絵を大変気に入っておりました。いまでは形見のようなものなのです」
深神は千代の言葉にうなずいた。
「まあ、本音を言ってしまえば、サバトの絵画がらみの事件は、個人的にも大変興味深いものでしてね。
その絵について、くわしくお聞かせ願いますか? まず、サバトの絵画を入手することは、簡単ではないはずですが」
しかし千代は、ふたたび首を横にふった。
「それが……私にもわからなくて。
夫がある日、あの絵をとつぜん持ち帰ってきて、自分の書斎に飾ったものですから」
千代は遠い日を思い出すかのように、目を細めた。
「あの日から夫は、その絵をじっとながめていることが多くなりました。
それこそ私が声をかけるまで、飽きずにずっと」
「絵画の写真などは?」
「残念ながら……、でも、タイトルはわかります」
千代が深神を見つめて言った。
「『山葡萄(やまぶどう)のレクイエム』。あの有名な『オレンジのラプソディ』と対になる絵だと聞きましたわ。
そして夫は、そこに描かれていたイヌの姿がナキオ……うちで飼っているイヌと似ていたから持ってきたのだ、と」