深神は志摩子と別れると、葵家へと向かった。
葵家のまえには、ひとりでおろおろとしている宮下緋色の姿があった。
「こんにちは、緋色ちゃん」
「あ、こ、こんにちは」
気まずそうに挨拶をし、目をそらす緋色。
そんな彼女のまえで、深神はすこしだけかがんだ。
「ナキオ君は、車にひかれて死んでしまったよ」
緋色の目が見開かれた。
顔からはさっと血の気が引き、小さな身体がガタガタと小刻みにふるえ出す。
「あ……」
「ナキオ君の鎖をはずしたのは、君だね?」
深神の問いかけに、緋色はついに泣き出してしまった。
「ご、ごめんなさ、ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんです……
ただ、ただあおちゃんのお父さんが死んじゃってから、
あおちゃんが前みたいに私のこと構ってくれなくなったから……っ」
せきを切ったように訴え出す緋色。
……子どもはときに、おそろしいほどに残酷だ。
好奇心が強く、おとなが考えているよりもずっと狡猾で、しかしそのことにおとなは気づこうともしない。
子どもはいつだって、自分が許されるかどうか、おとなを試している。
そして悪意を許された子どもはすこしずつ、その悪意を増長させていくのだ。
「ナキオ君をすこしの間だけ隠して、私が見つけてきたことにしたら、
あおちゃんがまた私のほうを向いてくれるんじゃないかと思ってえ……っ」
「しかし、ナキオ君は君が連れ去る途中で、逃げ出してしまった」
深神の優しい声色は変わらないが、容赦もない。
緋色はしゃくり上げながら言った。
「ど、どうしようお……、ナキオ君が、死んじゃうなんて……っ」
「それは、君が選ぶしかない。どちらにせよ、今日は施設へお帰り。
ゆっくり眠って自分で考えて、決心がついたら私に連絡しなさい」
深神はそう言って名刺を渡すと、施設へと緋色を送っていった。
緋色を施設に送り届けた深神は、今度は道端でばったりと葵千代に出くわした。
買い物袋を手にさげた千代は、ひとりだ。
そこに萌乃の姿がないことに気づいた瞬間、深神の顔色が変わった。
「萌乃お嬢さんは?」
「え……? 家でひとり、留守番をしていますよ」
それを聞くや否や、深神はばっ、と向きを変えた。
「み、深神先生?」
「これはまずいぞ」
順序を間違えた。あのとき、きちんと確認するべきだったのだ。
一刻も早く、葵家へ引き返さなければ。
ときはそれより、すこしまえ。
ひとりで家の留守番をしていた萌乃は、
玄関前で深神と緋色が話していた内容について考えながら、外を見ていた。
そうだったんだ。
ナキオが死んだ。そしてナキオを『殺した』のは、ひいちゃんだったんだ……。
そのときふいに、背後から声が聞こえた。
「こんにっちはー、萌乃ちゃん。お母さんに留守を頼まれて来たッスよー」
そこには音もなく現れた倉永直が、笑いながら立っていた。
予想外の人物の登場に、萌乃の背筋がぞくりと寒気におそわれる。
いつからいた?
チャイムの音はしなかった。
それにカギはたしかに、閉まっていたはずなのに……
つまりチャイムも鳴らさず、気配を殺して、こっそりと私に近づいてきた?
そう考えると、倉永の笑顔が、いっそう不気味に思えた。
萌乃が座っているソファの上に、倉永はなんの遠慮もなく、腰を下ろしてきた。
「萌乃ちゃん」
倉永に名前を呼ばれる。
…いや。
こわい。
それが私の名前じゃなければいい。
全く関係のない、別のだれかの名前だったら……
立ち上がろうとするも、倉永に片うでをつかまれて、軽々と押さえこまれる。
ソファの上に尻もちをついた萌乃の上で、倉永が言った。
「いいこと、しよっか」