アフターサービス(a)


深神は緋色の止血処置のために上着を脱いだ。
しかし、出血箇所が多過ぎるせいで、どこから手をつけたらいいのかもわからなかった。

緋色の首元は、深くぱっくりと切れている。
そこからあふれ出る血は、なおも床の上にじわりじわりと赤の領域を広めていった。
そうこうしている間にも、わずかにあった緋色の呼吸は、すでに見られなくなっていた。

深神のうしろで、千代が萌乃にたずねた。

「……あんたがやったの」
「うん」

萌乃は、感情がこもっていない表情で、母親の質問に答えた。

「さっき下にもどって、お父さんの書斎からひいちゃんに電話をかけたの。 誰にも見つからないようにこっそり裏口から入って、私の部屋まで来てね、って」

千代は萌乃のそばまで行くと、ぱちん、と萌乃の頬を平手打ちした。

「なんてことしてくれたの! あんたが……あんたがいたせいで」
「奥様、やめるんだ!」

深神の制止にも関わらず、千代はがくがくと萌乃の肩を揺さぶった。
しかしなんの反応も示さない萌乃のようすを見て、やがてその首に手をのばした。
萌乃は自分の首に手がかけられても抵抗せず、ただただよどんだ目を母親に向けている。

しかし、萌乃の手元のカッターナイフが静かににぎり直されたのを、深神は見た。
深神が彼女を止めようとしたとき。

思いがけず、聞こえてきたのはごす、というにぶい音だった。
千代の身体が、ゆっくりと床にくずれ落ちる。

「だいじょうぶ? 萌乃ちゃん」

そう言って、ゆらりと笑ったのは倉永だった。

手には花瓶を持っているが、割れてはいない。
分厚い底の部分で殴ったようだ。

倉永は恍惚とした表情で、あるいは晴れ晴れとした顔で言った。


「やっぱり君はなにをしても最高だよ。なんて特別な女の子なんだ」


倉永が花瓶をその場に放り投げると、 花瓶は床の上でごろんごろんと孤を描くように揺れ、やがて止まった。

倉永は両手を広げて、萌乃に一歩ずつ歩み寄っていく。
萌乃ははっとして、一歩ずつ、うしろへと下がった。

「いっしょに行こう、萌乃ちゃん。俺が君を守ってあげる」
「……もう、あなたは黙っていてください」

深神は、倉永のみぞおちに思い切りこぶしを入れた。

「うぐッ……」

倉永はうめくと、そのままうずくまるように倒れてしまった。
どうやら気絶してしまったらしい。

深神は苦々しく舌打ちした。

「全員に死なれてしまっては、また志摩子に怒られるではないか」