エピローグ


十一月の終わり。
俺のクラスメイトのひとりの『葵萌乃』が母親と一緒に心中して、 もうひとりのクラスメイトの『宮下緋色』は転校していった。

そんなニュースも一週間と経たないうちに、過去の出来事として急速に処理されていった。

問答無用に、元の日常へともどっていく。
そんな時間の流れのなかに、俺もまたぼんやりと身をゆだねていたが、

(……あの探偵がなにかしたんだ)

その一点において、俺は確信していた。

だって、あの探偵が緋色についてかぎ回っていたあの日に、緋色はこつぜんと姿を消した。
おとなたちは口をそろえて「転校した」というが、それにしてはあまりにも急過ぎる。

そしてなによりも、萌乃が死んだあと……

俺が探偵からもらった名刺をにぎりしめてバスに乗っているとき、 窓から目撃したのはまちがいなく死んだはずの『葵萌乃』だった。
駅に向かうらしい探偵に連れられて、もうひとりの少年と一緒に歩いていた萌乃はメガネをかけていた。
着ている服も男物で、ぱっと見には少年のようにも見えた。

しかし俺が見まちがえるわけがない。
だって萌乃は俺の……、俺の初恋だから。


……そのあと、名刺に書かれているビルへとたどり着いたけれど、すでに空き家となっていた。
同様にあれ以降、あの探偵に電話がつながった試しもない。

このまま終わるのは、やっぱりおかしい。

何日か過ぎたある日、俺はとうとう覚悟を決めた。

学校の授業を終えた俺は、その足で交番に向かった。
あの交番の柚野さんとはあれ以来、いつもあいさつを交わす程度には顔見知りになっていた。

柚野さんは机に向かって書類になにかを熱心に書き込んでいた。
しかし俺の気配に気がつくと、俺に向かって「やあ」、とにっこり笑った。

「響平君、どうしたんだい?」

俺は意を決して、あのあと『葵萌乃』を見たこと、 そのときにあの探偵といっしょだったということを、柚野さんに打ち明けた。

「あの探偵さんか……」

柚野さんが頼りない声をあげた。

「わかった。自分の知り合いにあの探偵さんと親しい人がいるから、その人に聞いてみるよ」

柚野さんはそう言ってはくれたものの、 なんとなくそれで、「子どもの言うこと」として片づけられてしまったような気がした。
俺はあきらめにも似た気持ちで、無言で交番を後にした。


道路に俺の影がのびる。
あとすこしでクリスマスの季節だが、とてもそんな気分にはなれない。

「……あの探偵め」

俺はひとりごちた。

「萌乃をどこかに連れて行きやがって。……やっぱり、誘拐犯だったじゃないか」


世界は夕陽色に染まっている。
これからあんな綺麗な夕陽を見るたびに、俺は多分、萌乃のことを思い出すだろう。

だって彼女は、
あんな夕陽色の髪をしていた。


おわり
2012/05/31 擱筆
2012/10/31 連載終了
2015/08/09 加筆修正
2018/11/07 加筆修正、レイアウト変更