「ただいまー……って蒼太、来ていたのか!」
事務所の扉が開き、そこから現れたのは白河ハルカだった。左手には、品物の入った買い物袋をさげている。
ハルカは僕を見て笑顔になったあと、深神さんの口の周りにケーキのクリームがついていることに気がついた。
「げっ、深神さん! もしかして、あの残りふたつもひとりで食べたのかよ!?」
「な、なぜだ。なぜ私がふたつとも食べたとわかった!?」
「口もとの生クリーム! あと深神さんの前に皿がふたつ並んでる! ……今夜、深神さんは夕飯抜きだからな!」
「なにっ? 上司に対して、それはあまりにも酷な仕打ちだぞ、ハルカ……!」
「あのなあ、深神さん、いつか栄養の摂り過ぎで死ぬぞ?」
それからハルカは、僕に向かって言った。
「なあ蒼太、夕飯はおまえも食べていくだろ?」
「じゃあ……お言葉にあまえようかな。なにか手伝うよ」
「おう、さんきゅー。今日はカレーを作るぞ、カレー用の牛肉が今日は特売日だったんだ」
うれしそうに買い物袋を持ち上げて見せるハルカ。どこからどう見ても、主夫だった。
……結局、深神さんはちゃっかり夕飯にありついていた。
「ああ、やっぱり肉の入っているカレーはいいな」
しみじみと肉の味をかみしめている深神さん。
ハルカはカレーを口にふくみながら言った。
「にふがふいたひゃ、もっほかへげ」
「ん? 『深神さんたら、とってもステキ!』だと?」
「一ミリも合ってねえよ! オレは『肉が食いたきゃもっと稼げ』って言ったんだよっ!」
そんなふたりの漫才劇場を聞きながら、僕は壁にかけてある時計を見上げた。
「それにしても、緋色の帰りがおそいですね」
もう、夜の八時を過ぎている。
深神さんは水を飲むと、同じように時計を見た。
「……そうだな。もうすこし、はやく帰ってきてもよさそうなものだが」
「で、深神さん、いったい緋色はどこに出かけたんだ? 買い物だったら、オレが出かけるまえに言ってくれりゃあ、いっしょに買ってきたのに」
「まあ、いろいろと、な」
それから深神さんは、僕に向かって言った。
「西森少年。このまま緋色に会わずに帰るのもなんだろうから、今日は泊まっていけばいい。
寝る場所はこのソファになってしまうが」
「あ、ありがとうございます」
僕はというと、自分のマンションに帰らずにすんで、内心ほっとしたのだった。