「自分でしっかり歩いてください」
白いスーツを羽織った男が、となりの男に声をかけた。
となりの男は、真夏なのに黒いケープに、袖の長いブラウスを着ている。
ケープの男は、いかにも渋々と、ほとんど引きずられるように歩いていた。
「見逃してもらえないか……、もう少ししたらちゃんと! ……返すから」
「そうやって何回も踏み倒しているんですから、もう信用ゼロですよ」
「し、しかし、なんでまた、今日になって急に?」
「あんたが悪質なことをやっているからです」
片方の男の声に、ナツといたるは聞き覚えがあった。
……「誘拐犯」の声と同じだ。
それは白いスーツを羽織った男……、ではなく、いままさに連れて行かれようとしている黒いケープの男のほうだった。
黒い車の前で、ふたりは止まった。
白いスーツの男は後部座席のドアを開ける。
「乗ってください」
「……ちなみに、断る権利は?」
「ないです」
言いながら、スーツの男が流れるような仕草でスーツの内ポケットに手を入れたのを見て、ケープの男があわてた。
「わ、わかったわかった。言うことは聞くから殺さないでくれ」
「今後の態度次第です」
そうしてケープの男が車の後部座席に乗ったのを見届けると、スーツの男は運転席に座り、そのままどこかへと車を走らせていった。
車がすっかり見えなくなったのを確認してから、ナツといたるはそろそろと自動販売機のかげから出てきた。
「いまのって……誘拐犯が誘拐されたってことか?」
ナツが困惑した。
「なにがどうなって……、あ、そういえば」
突然、ナツが手を挙げた。
するとすぐに黄色の軽自動車がどこからともなく現れて、ナツの前に停まった。
運転席の窓が下がり、そこから顔をのぞかせたのは妙齢の女だ。
やわらかそうな髪を後ろでひとつにくくっており、黒のジャケットを着ている。
女は言った。
「遠目で見ていたよ。男がふたり出て行ったな」
「誘拐犯が誘拐されたんだ、ルカさん」
「誘拐?」
ルカと呼ばれた女は眉根を寄せた。
「まあいいや。ふたりとも後ろに乗って。……いまからでもあの車、追いかけられるかな?」
「車の位置、わかります」
車に乗ってすぐ、いたるはスマートフォンを取り出して、なにやら操作している。
「さっき、持ち物紛失防止タグをあの車の下に貼りつけたんです。UWB、追えます」
ルカは目を丸くして、運転席からいたるを肩越しに見た。
「ナツ、すごい友だちがいるじゃん」
「うんっ! オレのいちばんの友だち」
ナツは誇らしげに笑い、いたるは恥ずかしそうに小さくなる。
「ぼくはいたるといいます」
「『オレ』はルカ。あとはドライブしながら話そう」
ルカはそう言うと、車を発進させた。