「つまり、まえもってルカさんが現場を見張っていてくれたんですか」
走る車のなかで、いたるはようやく納得がいった。
きのうの夜、ナツが言っていた「とっておき」とは、ルカのことだったのだ。
ルカは、ナツの両親の古い友人らしい。
たしかに、ナツの両親と年齢が近そうだった。
彼女の素性はナツいわく「よくわからない」らしいが、昔からなにかとナツの力になってくれる、頼もしい人物とのことだった。
「その信号を左です」
「オッケー」
ルカは気前よくハンドルを回し、直線道路に入ったところで口を開いた。
「……話を聞いている限り、電話をかけてきた誘拐犯は偽物でまちがいないな」
「え?」
「昨日、ナツからメッセージをもらったときからおかしいと思っていたんだよ。100万円なんていう微妙な額を、見ず知らずの小学生に要求するなんてありえないってね」
ルカは続ける。
「脅迫電話はおまえらに対するただのイタズラだったんだろう。だが、今日になって急に偽物の誘拐犯の考えが変わって、『ここには来なくていい』とわざわざ電話をしてきた。その直後に偽物の誘拐犯と同じ声の人物がマンションから連れ出された。……おそらく、この連れて行かれた男が『イクマフウタ』本人だ」
ナツの頭はこんがらかってきた。
「イクマさんは……イタズラで誘拐されたふりをして……、でもそのあとにほんとうに誘拐された?」
「もともとヤミ金に借金があったらしいな。さっきのスーツの男は、どう見てもヤカラだろう」
「ヤカラって?」
「たちの悪い連中ってことだよ」
そのときいたるが大きな声をあげた。
「反応が止まりました! ……その先の川の……ちょうど橋のところです」
「河川敷か……、駐車場を探さないと」
ナツは窓から橋のあたりに目をやる。だが、橋の下までは、橋そのものに隠れていて見えない。
ナツがシートベルトに手をかけた。
「オレたち、先に降りていいか? あの車を探してみる」
「……いいけれど、オレが行くまであんまりうろうろするなよ。建物のかげには絶対入るな、いいな?」
ルカが念を押して、ナツといたるは頷いた。
車を降りたとたん、忘れていた熱気がふたりの身体を包みこむ。
凶悪的な暑さだ。
噴き出る汗を手の甲で拭いながら、ナツが声をかける。
「いたる、反応は?」
「止まったままだ。この橋のところ……」
そのとき、風向きが変わった。
その風に乗って、わずかになにかが聞こえた。
人の話し声だ。
「……いる」
ナツといたるが同時につぶやいた。