「……手をポケットから出せ」
見知らぬ男は、詩良に向かってそう言った。
「不審な動きをしたら殺す。両手をあげたら、そのあとは一ミリも動くな」
男の年齢は、二十歳前後。作業服のようなつなぎを着ていて、手にはサバイバルナイフを持っている。
そのナイフの刃先は、まっすぐと詩良のほうへ向けられていた。
……きっと彼が、先ほど校内放送で名乗った『鷲村澄人』本人でまちがいないだろう。
詩良は舌打ちをすると、ポケットから右手をゆっくりと出して、そのまま両の手をあげた。
……西森先輩へのワンコールが、あと少しのところで間に合わなかった。
新弥と詩良がそれぞれ両手をあげたのを確認すると、
鷲村はまず詩良に歩み寄り、彼女のスカートのポケットから携帯電話を抜き取った。
次に、新弥の携帯電話も探し出すと、そのふたつを近くの机の上に置いた。
それから鷲村は、詩良のうしろからうでを回した。
そして彼女の首もとにナイフをあてると、目線だけを新弥に向けて言った。
「一時間以内にこの学園の卒業生、『姫野ミカミ』に関する資料を、どんなものでもいいからここに持ってこい」
新弥が思わず目を見開いた。
……姫野ミカミって、あの卒業生の?
しかし、なんでまた、こんな状況で彼の資料を……?
なにか言いたげな新弥に、鷲村は冷ややかな目で言った。
「余計な詮索は無用だ。おまえはただ、資料を探してくるだけでいい」
新弥が詩良に目配せすると、詩良がそっとあごをあげて「行け」、というジェスチャーをした。
新弥は時計を見上げる。
十七時から、まだ十五分しか経っていなかった。