悪意の刃(b)


「アロマさん、衣装を持ってきました。すぐに着替えてください」

そう言うと、てきぱきと衣装をハンガーにかけ、靴にリボン、装飾品を準備していった。

「猫本さん……それ、全部ひとりで持って来たんですか?」
「途中までは影平さんが。こんなぎりぎりに持ってくるなんて、影平さんは相変わらずだらしがないですね」

猫本さんが腰に両手を開けて、ぷんぷんと怒っている。

「タマ、ちょっと待っててね。すぐ着替えるから!」

アロマちゃんはそう言うと、ハンガーにかけてあったステージ衣装を手に取った。
衣装は肩の部分が大きく開いたワンピースで、ふんわりとした短いスカートに、黒のフリルがついている。
スカートの色に合わせた靴のうしろにも、大きな黒いリボンがついていた。

アロマちゃんが私服を脱ぎ、そのステージ衣装を着ようとしたところで、

「……いたっ!」

アロマちゃんがとつぜん、二のうでをおさえた。

「ど、どうしたの、アロマちゃん!」

わたしが近づくと、アロマちゃんの二のうでには赤い一本の線が引かれていた。
その線から、みるみるうちに血が玉のようにあふれてくる。

「アロマちゃん、血が……!」
「アロマさん、大丈夫ですか!」

猫本さんが真っ青になってアロマちゃんの手をつかんだ。
そして、アロマちゃんが着ようとしていた衣装の肩の部分を見て、声をあげた。

「なんてこと……!」

私も同じように衣装を見て、息をのんだ。

「アロマちゃんの衣装に……カッターの刃が……!」

そこには、むき出しのカッターの刃が縫いつけられていたのだった。

「だれがこんな……」

猫本さんはアロマちゃんから衣装を取り上げると、歯を食いしばった。
それまでだまっていた雨車さんが、すくりと立ち上がった。

「アロマちゃん、きょうのステージは中止にしたほうがいいわ」
「そんな……」

アロマちゃんは一瞬悲しそうな顔をしてから、にい、っと笑顔を作ってみせた。

「雨車さん、こんなのただのすり傷みたいなものだよ! アロマ、ぜんぜん平気だよ!」

しかし、今度は猫本さんは首をふった。

「これは、あきらかにアロマさんを狙った悪質な嫌がらせですよ。こんなときにステージに上がれば、なにをされるかわかりません。このことを運営に伝えたらすぐもどりますから、それまで決して楽屋を出ないでくださいね。私以外の人を部屋に入れてはダメです。……雨車さん、アロマさんをお願いします」

猫本さんはばたばたと楽屋を出て行った。

「アロマちゃん、うで、痛くない……?」

ぼうぜんとしているアロマちゃんにそう声をかけると、アロマちゃんは私の顔をじっと見た。
その瞳にはみるみる涙がたまっていき、やがて大声をあげて泣き出した。

「うわああん! タマ、こわいよ……!」

アロマちゃんは私の胸に顔をうずめながら、ぐすぐすと泣いた。

「さといもアロマも、だれかに狙われているの? 大峠社長みたいに、殺されちゃうの?」
「だいじょうぶだよ! アロマちゃんには、猫本さんも、私もついてるもん! これ以上、こわいことはぜったいに起きない!」

私はアロマちゃんを、ぎゅっと抱きしめた。