寝耳に水。
予想だにしない、まさかの申し出だった。
しかし断る理由も、特にない。
そこから導き出された答えは、実にシンプルだった。
「うん、いいよ」
「えっ」
穂坂さんはというと、僕の答えを聞いて呆気にとられたように、ぽかんと口を開けている。
そのようすを見て、僕はとたんに不安になった。
「あれ、もしかしてなにかの冗談だった?」
僕が言うと、穂坂さんは慌てたように、自分の髪を耳にかけながら言った。
「ち、ちがう、そうじゃないけれど……っ!
あまりにあっさりしていて、びっくりしたっていうか……、それに、私てっきり」
それから、まるでひとり言のように、穂坂さんは言った。
「……葵君って、鬼無里さんと付き合っているんだとばかり、思ってた」
「そう思っていたのに、僕に告白したの?」
穂坂さんは、はっと顔をあげて僕の顔を見た。
なんだかいたずらが見つかった子どものように、おびえた顔をしている。
そのようすがなんだかおかしくて、僕は笑った。
「翠とはそういう関係じゃあないよ。彼女を恋愛の対象としては見ることができない。
彼女はもっと……、僕にとって、まぶしすぎて、触れられないような存在だから」
穂坂さんの表情が、一瞬だけ変わった。
……ゆがんだ、という表現が一番正しかったかもしれない。
穂坂さんは、ぱっと僕の手を両手でつかんだ。
ぎゅう、と握られて、僕の手の甲に彼女の爪が食い込む。
「……痛いよ、穂坂さ……」
「でも、もう今から、私の恋人になってくれるのよね? つまり葵君の彼女は、この私」
「う、うん、そうなるね……」
なんとなく、穂坂さんの迫力に圧倒されてしまう。
穂坂さんは僕の鼻先に、顔を近づけた。
「もう取り消しはできないわよ? ぜったい、約束なんだから」
そんな穂坂さんの顔を見ながら、僕はぼんやり考えた。
……彼女、意外と積極的なんだな。
去年同じクラスだったときには、もうすこし、ひかえめなタイプだと思っていたんだけれど。